『中国の凄い奴』


第4話

男はまだ興奮気味だ。
大げさに身振り手振りで興奮度を表している。
「はぁ・・・ははは」
「いや、まじでっ!感動してますよぉ!あの!跳飛龍黄に会えるなんてぇ・・・この仕事やってて良かったぁ・・・」
赤いジャケットの男は車の後部座席でところ狭しと騒いだ。
僕の映画スタッフに迎えに来てもらったのだが、運転手である彼は決していい顔はしていなかった。
(ごめんよ・・・。あとでなんかおごるからさ・・・)
「いえ、いいですよ。ほんと、気にしてないですから」
バツの悪そうに顔の表情を直しながらスタッフは答えた。
「あ、そうそう俺は゛火神政樹゛て言います。ども、よろしく」
「あ、どうも。ご丁寧に、僕は」
「中国の至宝、゛跳飛龍黄゛!!でしょ?」
営業スマイルには慣れていた彼もさすがに彼のテンションの前では苦笑いをするしかなかった。
龍黄が現場を離れて四時間近く、さすがに戻るのが遅いと心配した監督が彼に電話をよこしたのだ。
もちろん、『鬼ごっこ』のことは伏せて、のことだ。
驚くべきは『役者』としての龍黄だ。あの凄まじい闘いの中でも『顔』だけは傷つけることなく、闘っていたのだ。だから、周囲には彼が自己申告しない限りは彼が数十分前まで格闘していたなんて信じないであろう。
「・・・で、良かったんですか?彼のこと・・・」
聞きにくそうに龍黄は政樹と名乗る青年に尋ねた。
「あぁ、炎虎?いいんすよ。知りたいことは解ったし、それにあの男が居ると・・・」
「いると?」
「色々とやりにくくなるんでね。仕事が。」

「あ。」
不意に会話に運転中であるスタッフの一言が割り込んできた。
「どうしたの?」
「え、いや雨が・・・。こりゃぁ、ロケは中止ですかねぇ・・・」
(雨が降ってもPGMk-2はないんだなぁ・・・)龍黄は半泣きになった。


――数十分前。
「名前は・・・炎虎。」
その男・・・炎虎は一瞬動揺を見せたがすぐに政樹を睨みつけ、態勢を立て直した。
龍黄と政樹に挟まれる形になった炎虎はどちらにも反応できるような構えをしている。
一方政樹のほうは、構えることもなく、携帯を直すのにジャケットの中に片手を収めたままの格好で炎虎を見ていた。

先に口を開いたのは政樹の方だった。
「・・・あんた、『暦』のモンかい?」
「!!…貴様っ!何故その名前を…」
「俺の質問に答えな。あんた、『暦』の、モンかい?」
「…違う。『暦』に追われている。」
聞いた途端、政樹はまた大げさに落胆した素振りをみせた。
「かぁ〜!また外れかよ!…でも、ま、収穫0ってわけじゃないか・・・」
相手を完全に見据えたのか、炎虎は完全に政樹しか見ていなかった。
「じゃぁ聞くぜ。『暦』とはなんだ?『アモン・リー』の組織との繋がりはあるのか?」
”アモン”という言葉に一瞬ピクリとしたが、すぐに答えた。
「答える義理はない。…しかし、『アモン』に素人が手を出すな。死ぬだけでは済まないぞ。」
ろくに答えになっていない炎虎の返答に何故か政樹はにやりと笑った。
「…つまり、『アモン』と『暦』に繋がりはないが、あんたと『アモン』には繋がりがあるってことだな?…で、『暦』に追われているあんたが『暦』に捕まれば、初めて『暦』と『アモン』が繋がるってわけだ。」
炎虎は静かにその話を聞きながら構えの照準を政樹に合わせた。
「…それ以上は…知るな。」
「だったら・・・、行きな。」
静かに睨み合う二人。
(いやぁ・・・なんだか変なことに巻き込まれたかなぁ・・・)
「これ以上の詮索はお互い、不利になるだけだろ?俺の知りたいことは解ったぜ。せいぜい逃げ切りな」
「・・・ふん。」
そう言い捨てると炎虎は龍黄の横を駆け抜けていった。
「あ〜!PGMk〜!」




雨が本降りになってきた。
ワイパー無しでは一メートル先の視界すら滲む。
「こりゃぁ、ひどい雨だな。」
スタッフの男が呟く。しばらく、運転していると、渋滞に捕まったらしく車が進まなかった。
十分・・・
二十分・・・
三十分・・・

と、ピクリとも進まない。
「おかしいな。ちょっと見てきますね。」
「うん、すごい雨だから気をつけて、」
政樹はいつのまにか気持ち良さそうに爆睡している。
すぐにスタッフの彼は戻ってきた。
途端に車が進み始めた。
「どうしたの?」
「いえ、前の方で事故があったみタいで。」
「ふ〜ん・・・」
「急ぎまショうか・・・」




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