時を駆ける青年
第九話〜川の風〜
作者 クラッシュさん
| 龍一と花憐は、魚を獲りに近くの川まで、歩いて行った。 花憐「龍一さんは、お魚の手づかみなどはやったことがありますか?」 龍一「いえ、ないんです。俺、あんまりキャンプみたいな事しないので。」 花憐「きゃんぷ?」 龍一「え?あ、いや!あの、家の側には川や海がないもので!!」 花憐「はぁ、そうですか。」 龍一は言葉に気をつけようと改めて感じた。正直な所は彼の良い所だが、正直過ぎて口を滑らす所は父親譲りである。とにかく直すのは大変な点である。 龍一「えっと、手づかみでいいんですか?」 花憐「はい、でも、お魚って結構早いので、なかなかうまくいかないかもしれませんよ?」 龍一「…掴むのは難しそうだなぁ。そうだ!」 花憐「え?どうしました?」 龍一「すくうのはどうですか?」 花憐「すくう?大丈夫なんですか?」 龍一「任せてください。俺、金魚すくい名人と呼ばれて、早10年ですから。」 花憐「金魚すくい?」 龍一は言葉に気をつけるのをすっかり忘れていた。しかも、今獲ろうとしているのは、言うまでもなく金魚ではない。縁日の金魚よりも10倍以上はある魚である。龍一は体を低く構えて、獲物を狙う動物のような、目をしている。 花憐「龍一さん…?」 龍一「シー…、静かに。」 龍一は空気になったように目を瞑ったままピクリとも動かない。花憐も口を押さえてジッとしている。周りが静かになった後、川の流れる音だけが響き続ける。魚は龍一に気づかないのか、龍一の足下を通り過ぎようとしていた。その時、掛け声と共に魚が大きく天を舞う。 龍一「てやぁぁっ!!」 ビシャァン!! 花憐は、目を開いたまま、龍一をずっと見ていた。本当に一瞬だが、魚が足下に来た瞬間に片手で魚をすくい上げた。龍一はすくい上げ、真上に舞った魚を見事にキャッチした。 龍一「一匹目ですね。」 花憐「す、すごぉい。どうやったんですか?」 龍一「えっと、水の流れが微妙に違うところに少し気配を感じて、そこに手を繰り出しただけですよぉ。」 花憐「え?気配?」 龍一「はい、気配です。気配を読みとるのは大変でしたけど…」 花憐「私、いつもお魚を隅まで追い回していたので、夕方までかかってしまうんですよ。」 龍一「じゃあ、待っててください。すぐに残りのみんなの分も獲りますから。」 花憐「は、はい。」 龍一はいつも以上に張り切っている。人のために動けると言うのは彼の良いところだが、良いところを好きな女性にアピールするのは、彼だけの特徴ではないはずだ。 龍一「よぉし。じゃあ、次はこうだ!」 龍一は魚の群の方に一気に走っていった。当然、魚は逃げていったが、龍一はその時一匹の大きな魚だけに視点を定めた。そして、その魚だけを追いかけていく、水の上を走るというのは苦難の技だが、毎日走り続けていた龍一に川の流れなど、なんでもなかった 龍一「むぅん!!」 ビッシャァァァン!! その魚はさっきよりも大きな魚で、両手で持ってやっとの大きさかもしれない。 魚は水飛沫と共にまた天に昇っていく。そして、水飛沫はシャワーのように龍一にかかり、一緒に天を昇っていた魚は真っ逆さまに落ちてきた。魚はすでに息絶えているようだ。 龍一「よし!大きいですね!これなら、みんなでつつけそうです。」 龍一は両手で魚を持った。 花憐「そうですね。龍一さんがいて助かりました。」 龍一「え?あ、そう言っていただけると光栄です。」 花憐「ありがとうございます。」 龍一「いえ、ほんのお礼です。」 花憐「そんな、お礼だなんて、ただお掃除をしていただけですから。」 二人とも顔を見合わせ、少し暖かい風が吹いていた。顔をハッキリと見るのはお互いに始めてである。お互い真っ正面から顔を見ているせいか、二人とも顔が赤かった。しかし、やはり現れるのは「親父」代理の男だった。 市川「ほぅ〜…」 龍一「わ、わぁ!!市川さん!!?」 花憐「え!?あ、え!?あ、どうも。」 市川「何焦ってんだ。続けろ。」 龍一「な、何言ってるんですか!!続きなんてないですよ!」 花憐「続きって何のですか?」 市川「に、鈍いな。まあ、いいや。んじゃ、はやく戻れよー。」 龍一「全く、覗きなんて…何考えてるんだ…」 市川はやはり心配で見に来たのだろう。やはり、子のいない市川にとって龍一は「息子」同然なのかもしれない。 続く |