翼の拳
〜Fists of Wings〜


第4話

作者 タイ米

「俺は…何故倒れてんだ?」
 視界に見えるは天井の壁。
 倒れているのはムエタイジムの若きエース、日向義仲だった。
「確か…、俺は月影とスパーをして、あいつが予想以上にやるもんだからつい本気になって、そしたら…ダメだ。よく思い出せない…」
 日向はそのまま立つ様子を見せなかった。

 リングのコーナーによっかかりながら肩で息をしているのは月影なのは。彼女も立っているのがやっとという感じだった。
「ハァハァ…、負けるかと思った。倒されるかと思った。でもそんな時、『あれ』が出てくれた…」

 スパーリング開始のゴングが鳴る。両者共に動く。
 先に仕掛けたのはなのはだった。

 ブンッ!!

 日向が距離をとってかわす。なのはの攻撃が空を切る。
「向きになるな!月影!!」
 師匠から声が飛ぶ。
「はい!!」
 それに応えるなのは。しかし、体は日向に攻撃を当てようと、前に出過ぎていた。
 そして、またもやなのはの攻撃が空を切った瞬間、

 ドンッ!!

 日向の左ストレートがなのはの顔面をとらえる。ヘッドギアをしているとはいえ、もともとパワーが劣るなのはにとっては結構な衝撃だ。
 日向は攻撃の手を緩めない。ここぞとばかりになのはをコーナーに追い詰め、ラッシュをかける。
 ガード一辺倒になってしまうなのは。
「くっ!!」
 日向の一発一発の重いパンチがなのはに襲いかかる。
 なのはのガードが今にも解かれそうだ。
「どうだ、月影。これが現実ってやつさ」
 日向が攻撃しながらなのはにつぶやく。なのはは今の日向の言葉すら耳に入ってないという感じだ。
 そして、なのはのガードが解かれる。
 これを見逃す日向ではない。
「これで終わりだ!月影!!」
 フィニッシュブローを決めようとする日向。
「月影!!」
 師匠がリングに上がり、タオルを投げようとした瞬間、

 ガキンッ!!

「なっ!?」
 日向のフィニッシュブローがなのはの拳によって弾かれた。なのはの拳は光り輝いている。
「あ、あれはあの時の…」
 師匠は驚きのあまり、それ以上の言葉は口から出なかった。
「まだ、終わりじゃないよ!!」
 構えるなのは。
 この出来事に動揺する日向。
「な、何だ?今のは…」
 しかし次の瞬間、なのはは日向との差を目と鼻の先にまで縮めていた。
「しまった!間合いを詰められた!!」
 が、気付いた時にはもう遅い。なのはの怒涛のラッシュが日向を襲う。そして、コーナーに追い詰められる日向。さっきと状況が逆転した。
「チィッ!こいつ、意外に攻撃が重い!!」
 日向のなのはの攻撃に対する感想である。このままではいけないと悟った日向は一つの攻撃に照準を絞り、それをかわしてコーナーから脱出する。そのまま距離を取り始めた。
「どうやら、本気で行かなきゃダメみたいだな…」
 なのはが日向に襲いかかる。だが、日向は距離を保ちつつ避けていく。
「もうてめぇの距離で勝負してやらねえよ!!」
 日向が叫ぶ。なおも攻め続けるなのは。そして、大振りのなのはに隙が生まれる。
「もらったぁ!!」
 ここぞとばかりに渾身の右ストレートを浴びせようとする日向。
 だが次の瞬間、日向の攻撃より早く、なのはの攻撃がカウンターヒットした。
「な!?」
 一瞬意識が遠のく日向。そのままダウンし、そこでスパーリングは終了となった。
 あまりの結末にジム内は唖然としてしまった。
 何より、この結末に導いたなのは自身、意識が定かではなかった。それでもなのはは、この事だけははっきりと覚えていた。

『翼の拳』がまた出てくれた事を…。

 他流試合終了後。師匠と坂田は共に握手をし合った。
「いや、さすが坂田のジムだ。練習生のレベルの高さは相
変わらずだな。我々も一矢報いるのがやっとでしたよ」
「いやいや、私達もいろいろと勉強させていただきました。特にそこの月影君にはね」
「え?いやぁ…」
 照れるなのは。
「ところで、日向君が見当たらんが…」
「そういえば。あいつ、どこへ行ったんだか。まあ、今回はあいつにとってもいい薬になったでしょう。本当に感謝していますよ」
「いえ。それでは我々はこの辺で。またやりましょうな」
「こちらこそ…」
 道場に帰っていくなのは達。それを見送り、坂田はドアを閉める。すると、さっきまでいなかった日向がリングの上に立っているではないか。
「日向、何をしていたんだ。見送りぐらい参加しないか!」
「コーチ。今の俺にはそんな事やる余裕がねえんだ。今まで俺が一番強いと思って調子に乗ってたからな」
「そういや、お前がダウンしたのも今日が初めてだったか」
「月影なのは。あいつは今まで俺が出会ってきたどんな格闘家とも違うタイプだ。世界が広いという事をあいつと闘って思い知らされたよ」
「フッ、当然の事だがな」
 坂田がミットを取り出す。
「今のお前に必要なのはこれだろ?」
「ああ。早速稽古をつけてくれ。喋ってる時間も勿体ねえや」
「おう!!」
 リングに上がる坂田。パンチを打ち始める日向。
「コーチ…」
 日向がつぶやく。
「何だ」
「次あいつと闘う時には絶対に勝つ。そして、今日の試合のカリを利子つきで返してやるんだ!!」
「そうだ、日向。その意気だ!!」
「今度の俺は今の百万倍強くなってる。首洗って待っておけ、月影!!」

 バシィッ!!

 日向のパンチ音が静かなジム内に激しく響き渡る。


 

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