翼の拳
〜Fists of Wings〜


第5話

作者 タイ米

 どこともわからぬ暗い部屋。
 闇一色のその部屋はこの世の空間とは思えぬ雰囲気
を漂わせていた。
 そこにいるのは一人の男と女。
 男の方は目が赤いグラスのようなもので覆われ、額
の左側には唐突に「鍵穴」が開いていた。少年のよう
な顔立ちではあるが、それらのせいで彼を不気味に感
じさせる。
 女の方はというと、腰まである長い金髪に絶世の美
女を連想させるような顔立ちをしていた。だが、その
顔からは心なしか、哀しみのようなものも感じられた。
 女が口を開く。
「知っているかしら、『二月』さん。今度行われる異
種格闘技大会の話…」
「ああ…、あのネズミ共が関わってるというあの大会
か」
 『二月』と呼ばれた男が女の質問に答える。
「確かに、奴らは我々にとってはとるにたらん存在だ。
しかし奴らは、いたらいたで色々と不都合が生じるか
らな…」
「特に今回のあの作戦は、私達にとって非常に重要な
もの。失敗は許されない」
「そう。どんな小さな障害も潰しておくにこした事は
ない」
 その瞬間、部屋の地面から少女が現れた。目を瞑っ
ており、感情そのものが感じられなかった。
「彼女は?」
 女が聞く。
「こいつは俺が妖術で作りだした忠実な下僕。俺の言
う事なら何でも聞く」
「ただの人間…って感じではなさそうね」
 女が下僕の少女をジロジロと見る。
「わかるか。街で捕らえてきた女に魔力を注入してお
いた。まあ、普段は感知させられないようにセーブさ
せておくがな…」
「彼女を使って何をする気?」
「こいつを大会に参加させる。何でもあの大会にはマ
フィア絡みの飾りのチャンプがいるらしいからな。そ
いつがこんな普通の少女に負けたらどうなる?」
「チャンプはもちろんマフィアにとっても拭いきれな
い汚点になることは間違いないわね」
「裏の世界では一度落ちたら二度と這い上がっては来
れぬ。それが掟だ。そして、奴らを奈落の底に落とす
のがこいつの役目だ」
 男が薄ら笑いを浮かべる。
「そういえば、彼女の名前をまだ聞いていなかったわ
ね」
 女が急に思い出したように言う。
「そうだったな。そういえばつれさらう時に奴の友人
が『カスミ』とか言って叫んでたな…」
「そう。なら、カスミでいいわね。下手に名前を変え
ると、そこからアシがつく可能性もあるわ」
「そうだな。我々の野望のために力を尽くしてもらう
ぞ、カスミよ」
 男がカスミの右手首にキスをする。すると、彼女の
目が急に開く。その目には輝きがなく、蒼く染まって
いた。

 所変わって武聖流空手道場。
 今日も弟子達の声が響き渡る。
 そして、郵便受けには闇の部屋で男と女が話してい
た、例の異種格闘技大会の広告が中に入っていた。



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