翼の拳
〜Fists of Wings〜
第12話
作者 RYO
炎虎の剛拳が迫る。この攻撃はかわせない、と一瞬で判断するなのは。
防御姿勢をとったとしても、今の状態ではその防御の上からでも、2度と
起ち上がれないほどの衝撃を受けることは目に見えていた。
(それなら……っ!!)
なのはは炎虎に呼応するかのように素早く左の拳を突き出した。先に
突き出された拳の上部をこする様に。拳・二の腕・肘から肩へ……。
当然その延長線上に相手の顔がある……。
炎虎もなのはが捨て身の攻撃を仕掛ける事に当然ながら気がついた。
だが、彼は知っている。彼にあって今のなのはが持ち得ない事実がある事を。
同年齢の男性でもかなり大きな部類に入る炎虎。対してなのはは平均的な
身長にも届かない。当然のことながらそれはリーチの長さに影響し、格闘戦に
おいて如実に現れてくる。
(その意気や良し!! だが…勝つのは俺だ!!)
必殺の念を込め拳に力を入れる直前、会場内に鈍い打撃音が二つ、ほぼ同時に
響き渡る。一つは炎虎の放った拳、もう一つは届くはずのないなのはの拳。
互いの拳が互いの顔を捉えた音。
「な……なぜ……」
多少は疲弊していたとは言え、その気になればなのはの頭蓋を破砕する事も
可能…いや、実際そのつもりで放った拳なのだ。その拳を受けてさえ、なのはは
尚も立っている。驚かない方が不思議と言えよう。驚愕の表情を顔に
貼りつけたまま、炎虎は膝を落とし倒れこんだ。
大きく息をしながら、なのはは倒れた炎虎の様子をうかがっている。無我夢中
だったとはいえ、今のが体力の限界だった。再び彼が立ちあがってきた場合、
自分は動けない。自らの負けを認めざるを得ないだろう……。
だが、炎虎は立ち上がる様子を見せなかった。いや、微動だにしていない。
「しょ、勝者! 月影なのは!!!」
審判が幾分上ずった声を上げる。それと同時に静まり返っていた観客が一斉に
驚愕と、抗議と、そしてほんの少数の賞賛の声をあげ始めた。マフィアが関わる
賭け試合である。負けるはずがない炎虎が破れ、審判さえも宣告してしまった。
炎虎に賭けている客のブーイング。ほんの少数、大穴を狙って賭けた客の賞賛。
だが、いくら観客が声を上げても、一度宣告した勝負を覆すことは、この無法な
地域においても叶わない。その宣告を既に行ってしまったのだ。
マフィアの幹部が会議を開くべく大慌てで集合し、観客達の声が更に更に
大きくなるころ、なのははようやく我に返った。それまでずっと様子を
うかがっていた炎虎の身体も既にない。会場の奥のほうに連れていかれた
様だったが詳しいことは誰にも窺い知る事は出来なかった。
「月影!!!」
間近に聞こえる師匠の声。それに応えるべく振り向いた彼女の身体が、
ぐらりと揺れる。心身ともに限界の状態であったのだ。倒れかけたなのはの
身体を、師匠がしっかりと支えた。その、父のそれにも似た、がっしりとした
腕に安心感を覚え、静かになのはの意識は遠のいていった。
『月影……よく、やったな……』
そんな、師匠の声を聞きながら……。
一方、炎虎の控え室は喧騒に包まれていた。負けるはずのない相手に
負けるはずのない彼が敗れたのだ。マフィアのチャンプとして名を知られる
炎虎だけに、その所属するマフィアの名の失墜も逃れられない。また…それは
まさにその組織の存在を左右するものでもあるのだ。
殺すか生かすか、捨てるか置くか……。様々な意見の飛び交う中、炎虎は
意識を取り戻した。だが、起き上がることは無く、その状態のまま目を
閉じている。自分をどうするかなど、彼にとってはどうでも良いことなのだ。
彼は喧騒を無視し、先ほどの試合を思い浮かべる。久しぶり…本当に
久しぶりに本気を出せた勝負だった。更に言えば、負けたはずなのに自分が
清々しい気分になる事等は今まで無かった。純粋に高みを目指していた自分の
若い頃を思い出してもこれと同種の感覚を持ったことはない。
(もし叶うことならば…もう一度……)
「炎虎!!! 起きているのだろう!!! お前の処分が決定した!!!!」
……彼はゆっくりと目を開けた。
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