翼の拳
〜Fists of Wings〜
第23話
作者 ナニコロ
「おお! これ、すっっっっごく美味しい!」
「そ……そう? ただの生卵とお醤油をかけた御飯なんだけど……」
月影家の本日の朝の食卓。
炊きたての米飯と生卵。
極めて健康的に違いない。
その食卓にいるのは、なのはと……『麻生夏香』と名乗るメガネポニーテール少女である。夏香は昨日から泊りがけで月影家に留まっている。
ちなみになのはの父親は、柔道の大会の審判員として出張中。
「御飯に生卵がこんなに美味しいなんて、初めて知ったよ」
「今まで食べたことなかったの? 卵の御飯」
「にゃい」
口の中に御飯で一杯にしながら、彼女は答えた。
そんな彼女の勢いに押されたのか、なのはは箸もつけずに呆然と眺めていた。だが、ふと我に返り声をかける。
「あの……麻生さん」
「夏香でいいよ〜」
「えと……夏香……さん?」
「『夏香』でいいってば。何?」
夏香の底抜けの明るさに、戸惑いつつ……なのはは遠慮がちに口を開いた。
「家族の方が、心配しているんじゃないかな……て、思うんだ」
夏香は、『自称』16歳の少女である。また、なのは程ではないが、彼女も背が低く、もっと年下に見えてもおかしくは無い。常識で考えれば、両親がいても不思議ではない年齢である。
そんな彼女が泊りがけで、なのはを『守っている』。なのはは単純に、彼女のの両親が心配しているのでは? と夏香と夏香の両親を気遣っているのである。
「ああ、それなら、心配ないよ」
そんななのはに対して、夏香は明るい声で……頬に飯粒をつけたまま……箸をぱたぱたと振った。
「私には、親がいないんだ」
「……え?」
「それどころかさー、私は自分が誰なのか全然分からなくてさー」
「……自分が……分からない?」
「そ。ある年齢から一切の記憶が無いの。いやー、困っちゃうよねー」
夏香は、まったく困った様子を見せずに、明るく笑っていた。
なのはは居たたまれない気持ちに陥った。
「……あの……ごめんなさい!」
「はひ?」
「私、あなたのこと知りもしないで……なのに、私は!」
「チョップ」
−ぽく−
出し抜けに夏香は、なのはの頭に手刀を叩き込む。
「あた……」
「大丈夫だって、私は気にしていないんだし」
「でも……」
暗い表情を見せるなのはに、夏香は優しい笑みを浮かべた。
なのはの肩に手を回すと軽く、ぽんぽん、と叩く。
「素直で優しい、良い子だね。なのはは」
「でも……!」
「なのは、『後悔』はね、自分が通ってきた道を否定する事だと思うんだ。
『一つも無駄がはなかった』というのならそれでいいし、『後悔』があるならそれを否定して、新しい後悔が無いように頑張って生きればいい」
「……」
「『過去』が無ければ、必死で生きて、新しい道を作ればいいの。
それだけの話よ」
夏香は底抜けに明るい笑顔を披露した。
「だからさ、なのは」
「……うん」
「御飯お代わり」
夏香は、空になった茶碗を差し出した。
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