翼の拳
〜Fists of Wings〜


第35話

作者 タイ米

 決まった。
 完全に決まった。
 油断などではない。
 手応えはこれ以上ないほどに感じられた。

 戦いの世界に長年、身を置いてきた者ならば…

 これこそ正に勝利の瞬間。

 そう確信するだろう。

 状況も、誰が見ても明らか。
 自分は立っており、地に伏しているのは道場破りの女。
 決め技は脳天へのかかと落とし。
 普通…いや、誰でも決まれば失神は必至。
 現に、彼女からは闘気どころか意識すら感じられない。
 あらゆる角度の検証から師匠は今、確信した。

 自分は今、勝利した…と。

「フンッ!」
 交差させた手を勢いよく両の腰の位置で止め、礼を済ます。
「これが武聖流の…師としての務めだ!」
 そう言い、体中の気を抜いた瞬間であった。
「!?」
 腹から胸にかけて、一本の紅い線が師匠にできる。
 次の瞬間、師匠の目には信じられない光景が広がっていた。

 意識を失ったはずの、倒したはずの葉月が立っている。

「ば、馬鹿な!?」
 そう言いながら、傷口を手で抑え、止血を試みる師匠。
 しかし、いかんせん傷口が広すぎて、余ったところからどんどん出血して
いく。
「決まったとでも思った? 残念だけど私、普通じゃないから…」
「何!?」
「さて、形勢逆転ね。そんな傷じゃ、天地何とか…ってのもできないでしょ」
「お前、これを…」
 近づく葉月。
「強い奴は大好きよ。強ければ強いほど、絶望に落ちた時の顔が最高だもの…」
「絶望…だと?」
「見せてあげるわ…」
 すると、師匠の視界から葉月が消えた。
「またスピードで撹乱か!?」
 しかし、葉月は全く姿を現さない。
 その時だった。
「な!?」
 師匠の背中に鮮血が走る。
 だが、後ろには誰もいない。
「スピード? いや違う! いかに常人離れした奴とはいえ、私でも目で追い
切れぬほどのスピードを出すなど…」
 その後も葉月の斬撃は続く。
 しかし、姿は見えぬまま。
「くっ。姿を消す術でも使ったというのか?」
「当たり。その上、私のスピードも加わって、今のあなたじゃ避けようがない
わね」
 師匠のいたるところから血が垂れている。
 やっと姿を現す葉月。
「まさか、こんな力を隠し持っていたとは…」
 師匠は立っているだけで精一杯の状態だった。
「フフ。これで全てだと思う?」
「!?」
 葉月のその言葉に驚きを隠せない師匠。
「あなたにも奥義があるように、私にもあるのよ…」
 そう言い、構える葉月。
「行くわよ。『無名・必殺』!!」

「おい、まだなのかよ!? 道場は」
 政樹がなのはに聞く。
「いえ、もうすぐ…あ、ここです!」
 道場に着いたなのは、政樹、カスミの3人。
「行くぞ!」
 勢いよく入った政樹。
 だが急にその足を止めた。
「どうしたんですか!?」
 なのはが聞く。
「2人とも、見るんじゃねぇ!」
 だが、なのはは偶然にも中の様子を見てしまった。
「キャァッ!!」
 そこには血まみれの師匠と弟子達、
 そして、返り血を浴びた葉月の姿があった。



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