翼の拳
〜Fists of Wings〜


第49話

作者 タイ米


「『S−1グランプリ』の開会を宣言致します」

 主催者の一人、サー・ダッシュウッドの放った言葉。
 盛大なファンファーレがあるわけでもなく、大会は静かに幕を開けた。
 大規模な大会にしては、あまりにも不気味な始まり方で、しかしそれが『暦』らしさを夏香に与えさせた。

 彼はなおも言い続ける。
 今大会におけるルールについてだ。
「当ルールに、判定での決着はございません。相手がテンカウント以内に立てなかった時、又は戦闘不能に陥った場合、その時点で決着とさせていただきます」
 判定での決着なし。
 普通の格闘大会では有り得ないシチュエーション。
 これに選手達は戦慄する。
「また、試合会場もベスト8が決まるまではこの街全体がリングと化します。いわゆるストリートファイト感覚の試合というわけです。8以降はここの中心部にありますトゥエルヴムーン・ドームのリングで雌雄を決していただきます」
 ベスト8に行かなければリングにすら上がれない。
 それまでは、死に物狂いでこのアスファルトのリングで勝負をしなければならない。

 この大会の主催者は一体何を考えてるのか…。

 そう考えてる人も少なくなかった。
 しかし、問題はこれからだった。
「なお、ベスト8が決まるまでは、乱入者の登場も認めております…」
 これには一同が騒然とする。
 必ずしも、ここにいるメンバーが勝ち抜けるとは限らないのだ。
「ただし、乱入は一人一回まで。試合に負けた者の乱入は認められない。また、乱入される側も一人一回とする。一度乱入された相手に乱入をした時点で、その選手は反則負けとみなされます。この事は各メディアにまんべんなく伝えられ、この街に入った時点でもルール用紙が配布される為、知らなかったという理由は通用しない事になっています」
「……」
 沈黙する選手達。
「それではこれより、対戦カードの発表を致します」
「オーッ!!」
 一気に歓声が上がり、緊張が高まる選手達。
「なお、今回はその回戦が終わる度に抽選を行います。従って、隣り合ってるカードの選手達が次に当たるとは限らないわけです」
 そう言い、抽選箱からカードを引くダッシュウッド。
 一枚目のカードを読み上げる。
「キング・プロレス所属、ザ・イースター選手!」
「ウオォォォォ〜ッ!!」
 会場中の歓声と共に、オーロラビジョン内にイースターの顔写真がアップで映る。
 次に、イースターの相手となる選手の名を読み上げる。
「武聖流空手、月影なのは選手!!」
「え!!?」
 これに一番驚いたのは、誰であろう読み上げられた本人であった。
 なのはの顔写真がオーロラビジョン内に映る。
 そして、なのはとイースターの顔写真によって画面が二分割される。
 これから、彼女は『ザ・イースター』という選手と戦う事になるのだ。
「ザ・イースター。アメリカの超有名プロレス団体、キング・プロレスの看板選手。恵まれすぎているぐらいの体格に、ありあまる格闘センスで白星の山を築き上げている。こいつがあなたの戦う相手よ」
 背後で相手のデータを読む夏香。
 無言のなのは。
「大会にはこういった選手がゴロゴロ出るわ。ここを越えなきゃ、到底『暦』には勝てないわよ…」
 夏香がなのはにそう言った時、グッと拳に力を込めるなのは。
「誰が出てきても構わない。それを承知で参加したんだもの。それに、ここで負けるわけにはいかない。日向君に、私も強くなった所を見せてあげたいし、何より…」
 ここで言葉を止めるなのは。
「何より?」
「『暦』とはここで決着つけなきゃ、って思ってるから…」
 なのはの表情が一瞬、厳しいものになった。
 格闘という修羅の世界に身を置く者の表情。

 彼女は本気だという事を、夏香は実感した。


 

第50話に進む
第48話に戻る
図書館に戻る