翼の拳
〜Fists of Wings〜


第52話

作者 茜丸

 トゥエルヴムーンシティ…
 その一角に位置する牛丼のチェーン店「吉野家」。
 大衆的な雰囲気を持つ店内では一人、
 おおよそ不釣合いにも思える赤い燕尾服の男がいた。
 ヘルメス・ハイウインドである。

 しかし、そんな不釣合いな姿にも関わらず、
 まわりの人間には、まるでヘルメスが見えていないかのように、
 その場にはまるで自然な空気が流れている。
 背後では「並いっちょー!」の声が高らかにこだまする。

「奇遇ですね…こんな所で会うなんて…」

 ヘルメスは味噌汁を啜りながら、にこやかに目の前の男に語りかけた。
 男…というよりは、その背格好は少年に近く、
 その顔は大きな赤いサングラスに覆われ、
 何より奇妙な事には額の左脇に鍵穴のようなものが開いていた。
 アルシャンクである。

 ヘルメスとは違い、この異様な男の姿を見た店内の人々は、
 明らかに怪訝そうなリアクションをみせる。

「そう…奇遇だな…」

 アルシャンクも口元に笑みを浮かべながら、
 Uの字テーブルの向かいの席に座る。

「月影なのは…ですか」

 ヘルメスが唐突に語りかけた言葉にアルシャンクがにわかに反応する。

「何がだ?」
「可愛い女の子ですよね」

 アルシャンクの反応を受け流すように、
 ヘルメスは微笑みながら箸をすすめる。

「しかし、あなたも酷いですね…」
「何がだ?」
「一回戦の相手…」
「一回戦の相手?」
「最強のセメントレスラー…ザ・イースター」
「くじ運さ…」
「あなたでしょ?」

 そこまで話すとアルシャンクの気の質が少し変化する。

「私が…なんだと?」
「あのカードは、あなたが組んだものでしょ?
 酷い人だな、あんな可愛い女の子を…」
「さすがに鋭いな…」
「あ、本当にそうだったんですか…」

 その瞬間、アルシャンクの口元がつりあがり、
 邪悪な何かを思わせるような笑みを浮かべる。
 周囲の空気の流れさえもが変化する。

 と、そこへ店員がアルシャンクにお茶を出す。

「ご注文はお決まりでしょうか?」

 アルシャンクは、薄っすらと放っていた邪悪な気配を収め静かに返答する。

「大盛ねぎだく…ギョク」


 

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