翼の拳
〜Fists of Wings〜
第53話
作者 タイ米
| 突進するなのはとイースター。 「おいおい、イースター相手に真っ向勝負かよ!?」 言葉を発したのは政樹だった。 「実に彼女らしいわね…」 夏香もそれに続く。 「ただ…、」 今度は八河が言う。 「賢い選択とは言えませんがね…」 「この拳一つ一つに、私の全てをぶつける!」 なのはの正拳がイースターに襲い掛かる。 「立ち技か…」 イースターがつぶやいた次の瞬間だった。 なのはが急にバランスを崩し、後ろに仰け反った。 額には痣らしきものができている。 「な…」 なのはもこれには驚くしかなかった。 確かにリーチ差はある。これは彼女も認めざるを得ない。 しかし、イースターのリーチは彼女の想像以上に長かった。 しかも、イースターが牽制で放ったパンチは、14のなのはにとっては、明らかに必殺級の威力であった。 イースターはなおも攻めつづける。 その巨体に似合わぬスピードでなのはを追い詰める。 サモアンパンチラッシュ。 イースターの次々と繰り出すパンチが、ガードするなのはにプレッシャーを与える。 「フンッ!」 さらにイースターがパンチを仕掛ける。 だが、なのははそのパンチに狙いを絞っていたのか、紙一重で後ろに後退する。 大振りのイースターにここで隙が生まれる。 「やぁっ!!」 すると、今度はなのはが急速に差を縮め、正拳からローキックのコンビネーションを見せる。 ガードの遅れたイースターに、さらに畳み掛けるように右回し蹴り、左後ろ回し蹴りを当てていく。 が、その直後…、 イースターの強烈なタックルで押し倒されるなのは。 「うあっ!!」 「効かねえなぁ…」 イースターが言う。 なのはの攻撃も、イースターの体にはまともにダメージすら与えられなかった。 マウントからのワンツーが容赦なく、なのはに襲い掛かる。 そして、とどめは『フェイスクラッシャー』。 なのはの頭を強く地面に打ちつけるイースター。 下はアスファルトの為、威力はその分上がる。 もはや声すら出ないなのは。 レフェリーがカウントを取り始める。 「なのはっ!!」 夏香が叫ぶ。 意識が朦朧となりながら起き上がるなのは。 焦点をしっかり合わせ、ファイティングポーズを取る。 レフェリーが再開を促す。 が、それと同時にまたもや掴みかかるイースター。 今度は簡単にそれを許してしまう。 「ぬおぉぉぉぉ〜っ!!」 ボディスラムで今度は背中を強く打つなのは。 もはや一方的な展開でしかなかった。 試合ではない。むしろ虐待に近い。 ギャラリーの中には、そんなイースターにブーイングを浴びせる者もいた。 だが、イースターは、そんな事はお構いなしだった。 なのはの反撃。 しかし、虚しく拳は空を斬る。 そして掴まれ、投げられ、立ち上がってはまた掴まれ…の繰り返し。 投げられても立っていられるのが、ほとんど奇跡に近い。 八河はこの状態を危惧していた。 「政樹さん、夏香さん。はっきり言って今の彼女はかなり危険ですよ。あの体力で相手はパワー、耐久力が何もかも違うイースター。勝機はほとんどありませんよ。それに、もし次の攻撃を喰らえば命の保証は…」 「わかってるさ。んな事…」 政樹が言う。 「わかってる!? ならば何故…」 「『暦』も恐ろしいルールを考えてくれるぜ。どちらか相手がKOされるまで決着はないんだ」 「しかし、彼女を見殺しにする事はできない。ここは降参をする手も…」 「それはどうかしら?」 夏香が割って入る。 「奴ら、降参がOKだなんて一言も言ってないわよ。それに、仮にOKだったとして、なのは自身がそれで納得すると思う?」 「何を言ってるんですか? 彼女はまだ若い。次もある。目先の勝利にとらわれその才能を潰すよりも、今ここで負けを知り、それを糧にさらなる成長を遂げた方がよほどいいに決まってるじゃないですか!」 「違うのよ…」 八河の反論に夏香が返す。 「ただの腕試しなら、なのははここで降参してるし、何もこの大会に出る必要もない。でも、彼女がボロボロになりながら、命が危ないとわかっててそれでも続けるのは、なのは自身に『譲れないもの』があるからよ」 「『譲れないもの』?」 「そう。それがある限り、彼女はこれを終わらせるわけにはいかないし、また負けるわけにもいかないのよ…」 イースターの攻撃を辛うじてガードするなのはを見ながら、夏香は語る。 「それも大事かもしれません。しかし、現実を受け止める事も、非常に重要な事です」 引かない八河。 その時だった。 ガシッ!! イースターの攻撃に耐えられず、ついに掴まれてしまったなのは。 イースターもこのしぶとさに、さすがに嫌気がさしているようだ。 「フン。あれだけ攻撃喰らわせたのに、まだ立ち上がるとはな。だが、それもこれで終わりだ!!」 なのはを抱え上げるイースター。 夏香達の回りのギャラリーが一斉にどよめく。 「おい、イースターのやろうとしてる技って…」 「あの決め技、『ハイパーエアプレーンスピン』だろ!?」 「マジかよ! 本当にやったらあの女の子、死ぬぜ!!」 青ざめる三人。 「なのはさ〜ん!!」 必死に叫ぶ八河。 だが、その声もなのはの耳には届かない。 「行くぜ! ハイパーエアプレーンスピン!!」 イースターによる死の回転がついに始まった。 |