翼の拳
〜Fists of Wings〜


第54話

作者 茜丸

 場所は、依然トゥエヴムーンシティの吉野家。
 ヘルメスとアルシャンクはUの字テーブルの向かいに座りあって、
 牛丼を食している。

「それにしても…トゥエヴムーンシティに吉野家があるとは驚きました。」
「趣味だ…」
「…………誰の?」

 アルシャンクは、ヘルメスの問いには答えない。
 それはそうと物凄い勢いで紅生姜を牛丼に乗せている。

「かけすぎじゃないですか、紅生姜?」
「食ってやる……お櫃ごとバリバリとなぁ!」
「お客さん…!」

 すかさず店員のツッコミが入る。

「ゴメンナサイ…」

 アルシャンクとヘルメスは同時に謝り、気をとりなおして一口茶を啜った。

「月影なのはに何を期待しているのですか?」

 ヘルメスは、唐突に話を戻した。
 アルシャンクは、表情を変えず湯飲みを啜ったまま何も答えない。

「月影なのは…148cm 44kg…小さくてとても可愛らしいですね。」

 ニコニコと笑いながらヘルメスは言葉を続ける。

「ザ・イースター…230cm 220kg…僕は好きじゃないなぁ。」
「おまえが男の身体データも把握しているとは驚いたな。」

 ヘルメスの目から一瞬だけ笑みが消える。

「勝てるわけないでしょ?」

 アルシャンクは、牛丼をかき込むように食べると、
 口元に御飯粒をつけてクスクスと微笑み、冗談めかしたように答える。

「勝てないかな?」

 アルシャンクの挑発的な態度を察してか、ヘルメスの笑みが歪む。

「本来、格闘技の大会にウェイト制は不可欠です。
 それは修練を積んだ格闘家どうしの勝負では、
 30kgほどの差でも技術でカバーできない絶望的な差であるからで…」

 ふと目を閉じて口元をひくつかせるとヘルメスは、アルシャンクを睨む。

「…って、なめてます?」

 ヘルメスのそんな様子を見ると、
 少しだけ満足そうにアルシャンクは言葉を繋ぐ。

「まして体重が自分の5倍もある相手ともなれば…
 しかも、耐久力に優れるプロレスラーにおいて最強と呼ばれるイースター、打撃、投げ、間接、絞め、あらゆる攻撃は無効といっていい。」

 いいながらアルシャンクは少しだけ身を乗り出して、
 Uの字テーブルの向かいにいるヘルメスに問う。

「おまえなら…どう攻略する?」
「逃げます」

 アルシャンクの表情はミラーグラスに隠れてわかりにくいが、
 あっさりと気の抜けた返事をするヘルメスに対し、
 それでも興味深そうに注意を注いでいる。

 そこで、ヘルメスは両手でジェスチャーをつけながら、もう一言繋げる。

「とても、勝てそうにありませんから」

 それを聞くと、アルシャンクは「くっ…」と一笑し、味噌汁を一口啜る。
 ほぼ同時にヘルメスが席を立つ。

「結局、観戦しにいくつもりか?」
「当然でしょ?可愛い女の子が出ているんですから…
 それにちょっとだけ、このカードにも興味が湧きました。」
「月影なのはの勝ち目はないのだろう?」

 そう問い直すアルシャンクに、ヘルメスは立ったまま顔を近づける。

「喧嘩はね…」

 ヘルメスのその口元は依然として優しく微笑んでいるが、
 瞳にはいつもとは違う鋭い眼光が見える。

「喧嘩はタネも仕掛けもないマジックです。拳ひとつで宇宙が動く…」

 そこまでいうと、ヘルメスはいつものにこやかな笑顔を見せる。

「……ことだってあるかもしれないでしょ?」

 アルシャンクは、それだけいって去っていくヘルメスを無言で見送る。
 しばらくして自分の食事を済ませたアルシャンクも続けて席を立ち、
 店員を呼んで会計を済ませようとした。

「あ、お客さん!さっきの赤い服の人の会計もお願いします。」

 そういわれると、アルシャンクは溜まりかねたように苦笑してしまった。

「ふざけた男だ…」


 

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