翼の拳
〜Fists of Wings〜


第56話

作者 タイ米

 イースターに抱えられ、彼と共に回転するなのは。
 回りの景色が、どんどん視界から過ぎ去っていく。
 時間が経つと共に、回転速度は上がり、過ぎ去るスピードも速くなる。
「ク…アッ!!」
 さすがにこの回転速度は、なのはにはきつかった。
 加えて今までの体力の減り具合。
 もう全てが限界であった。
 意識がだんだん遠ざかっていく。
 今いる世界が闇で覆われようとしている。

 その時、突然彼女の前に光が差し込んだ。
 そして、その光の中から夢で見た女性が出てきた。
「あ、あなたは…」
「希望の少女、決して諦めたりしてはいけません…」
 女性が語る。
「……」
「希望、それは奇跡の片鱗…」
「奇跡の…?」
「希望を、あなたの力を信じなさい…」

 あなたの力を信じなさい…

 その言葉にかつて、師匠と戦った時のことを思い出すなのは。

 自分の力に自信を持て。

 師匠が、拳を通じてかけてくれた言葉。
 師匠のくれた黒帯。仲間達の思いが込められている道着。
 今はこの場にいなくても、みんなちゃんと見守ってくれている。
 何も不安になることはない。

 ただ、自分の全てをこの拳にかけるだけ。

 なのはの不安が急に解けていった。
 と同時に、目の前の光が、再びなのはを包み込んだ。

 意識を取り戻したなのは。
 すでに放り投げられ、壁に激突する直前であった。
 イースターがラリアットの構えをしている。
 壁に跳ね返されるなのは。
 跳び上がるイースター。ラリアットが彼女を襲う。
「この拳に…」
 瞬間、なのはの右拳が光りだす。
「私の全てを〜!!」
 ラリアットが彼女の首に届くより早く、翼の拳がカウンターでイースターの
顔を捉える。
 手応えは今までの攻撃の中のどれよりもあった。
 着地し、構えるなのは。
 その姿には隙が微塵も感じられなかった。

 対して焦りの色を浮かべるイースター。
 だが、彼もこのままで終わるわけにはいかない。
「俺にだってキング・プロレス代表の意地がある。こんなところでつまずいて
いられねぇ!!」
 サモアンパンチラッシュよりも素早く、強烈なラッシュ。
 しかし、イースターの攻撃は、全てなのはの前にかわされる。

 イースターの不安定な精神状態に、なのはの研ぎ澄まされた精神力。
 さらに、なのはは今まで受けてきた攻撃によって、彼の攻撃パターンを読む
事に成功した。

 それもあり、プロレスラーの攻撃が14の少女に全て見切られるという、普
段なら有り得ない事がこうして起こったのだ。
「負けるわけにはいかない。得意のセメントで俺が負けるわけには!!」
 イースターがタックルで強引に掴みかかってくる。
 だが、それを冷静に対処するなのは。
 隙に、翼の拳をイースターの腹に当てる。
「ぐぬっ!」
 吐血するイースター。
 再び前を向いた時には、すでになのはが左足を踏み込んでいた。
「決着です!!」
 翼の拳のラッシュがイースターに炸裂する。
 耐久力は、他の格闘家のそれを遥かに凌駕するイースター。
 ラッシュを喰らっても、辛うじて立っていた。
 とどめに入るなのは。
「てやぁぁぁぁ〜!!」
 その時だった。
 なのはを掴むイースター。
「まだだ…」
 ボディスラムの態勢に入るイースター。
 その顔は勝利への執念に満ちていた。
「グォォォォォ〜ッ!!」
 絶叫しながら、なのはを持ち上げる。
 が、次の瞬間、なのはの体がするりと抜けていく。
「ワッ!!」
 とっさに柔道の受け身を取るなのは。
 そして、イースターの方を見る。
 彼はひざまづき、最後はゆっくりと地に伏していった。

「勝者、月影なのは!!」
 レフェリーが高々となのはの勝ち名乗りを上げる。
 ギャラリーは一瞬ざわめき、その後に歓喜の声を上げた。
「よっしゃ〜っ!!」
 見ていた政樹も大喜びでなのはの元に駆け寄る。
 その当人は、ずっと倒れたイースターを食い入るように見ていた。

 このような戦いができた戦友に、感謝するかのように…。


 

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