翼の拳
〜Fists of Wings〜


第58話

作者 タイ米

 辺り一帯が闇で覆われている部屋。
 アルシャンクと鵺がそこにいた。
 鵺が口を開く。
「勝ちましたね、月影なのはが…」
「ああ…」
 アルシャンクは静かに言った。
「確かに勝ちましたね…」
 アルシャンクの背後から新たな声が聞こえた。
「ヘルメスか…」
 ヘルメスは両手いっぱいに荷物を抱え込んでいた。
「随分遅かったじゃないか。何をしていた?」
「いや、ちょっとショッピングを。気に入ったものがたくさんありまして…。
これは鵺さんの分…」
「あ、ありがとう…」
 鵺にペンダントをプレゼントするヘルメス。
 少し照れている様子の鵺。
「あ、それから、これはあなたの分!」
 アルシャンクにはプレゼントでなく、領収書を渡す。
「何の真似だ?」
 少し怒り気味の表情を見せるアルシャンク。
「いや、支払い先は会社ってことにしましたから。もちろん、表向きの会社名
ですけどね…」
「オマエナァ…」
 呆れるアルシャンク。
「と、こんな事を言いに来たんじゃないんですよ…」
 仕切り直すヘルメス。
 珍しく真剣な表情になる。
「あなたも見たでしょう? なのはさんとイースターの試合を…」
「見たさ。ビデオでだが、彼女の素晴らしい逆転勝ちをね。さすが、見込んだ
だけの事はある」
「確かに『翼の拳』の強さは認めましょう。だけど、問題はそこじゃありませ
ん」
「?」
 ヘルメスの発言に首を傾げるアルシャンク。
「相手は体格の激しく違うプロレスラー。当然、打撃の破壊力も半端ではない。
それにリングはアスファルトの上です。14の少女があんな所に思いきり叩き
つけられたら、ただでは済まないでしょう…」
「何が言いたい?」
「実は彼女が試合をしている時、ほんの僅かですが、他の気も感じまして…」
「他の気?」
「そう。彼女から、本人と似ていますが明らかに違う他人の気を…」
 少しの沈黙。
 後に再び、ヘルメスが口を開く。
「あなたは以前、"疾風怒濤の葉月"を彼女の道場に送り込みましたよね。その
時は、あれほどの耐久力は全くありませんでした…」
「確かに…」
「いくらなんでも、短期間であれほどの耐久力を身につけたとは思えません。
やはり、彼女から感じる他人の気が、尋常とは言えないほどの耐久力を身につ
けさせた。僕はそう考えてます」
 アルシャンクはそれを聞き、笑みを浮かべる。
「なるほど。ならば、その他人の気とは一体誰だ、という話になるな。お前は
どう考えているんだ、ヘルメス?」
 ヘルメスもまた、微笑を浮かべる。
「それは、僕にもわかりません!」
 また少しの沈黙。
「クッ…」
「フフッ…」
『ハ〜ッハハハッ!!』
 同時に笑い出すヘルメスとアルシャンク。
 笑い終えて、しばらくした後にアルシャンクがつぶやく。
「まあ、その気の正体はともかく、本当に興味を削がせない娘だよ、彼女は」
 アルシャンクの目のグラスが怪しく光った。

 二人の会話の一部始終を聞いていた鵺。
 彼女には、心当たりがあった。

 その気こそ、ウェンディではないか…。

 最近、自分と『同じ』世界の人物の気が次々と感じられる。
 彼女が出てきても、おかしくはなかった。


 

第59話に進む
第57話に戻る
図書館に戻る