翼の拳
〜Fists of Wings〜
第59話
作者 ナニコロ
| トゥエルヴムーンシティには、様々な場所がある。 選手用のホテルだけでなく、一般観客用にホテルや遊園地などの観光施設、超高級レストランからB級食堂までありとあらゆるものがあり、大会後も観光地として十分に成功できると言われている。 ここは、トゥエルヴムーンシティの大公園である。新宿御苑や代々木公園並の自然が移植され、豊かな森林を楽しみたい者のために、ささやかな散策用の道が築かれている。 その公園のベンチにて、額に鍵穴がある青年……いや、少年が座っていた。 何かを待つように座り、しかし瞳に覆い被さる変則ミラーのサングラスが、この少年が何を想いここにいるのかを、道行く人々から隠していた。 少年……アルシャンクである。 「少々遅れました」 しばしして、アルシャンクに声をかけるものが現れた。 髪を三つ編みにし、小さな鼻メガネをした背の低い14歳の少女だった。赤いスカート、白いYシャツ、白衣を着こなし、そしてギラギラと輝くルビーアイの瞳がやけに印象的だった。 右手には何故か、吉野家の持ち帰り用特盛り牛丼が入った袋を腕に通している。 暦幹部『9月』長月真紀である。 「遅かったな」 「まあ、色々と」 肩をすくめると、長月はアルシャンクの隣に座り込み、袋から牛丼を取り出す。 「食事も取らずにあなたに頼まれたデータ編集をしていましたので、その後、少し遅めの昼食を食べようとしたんですよ」 言うや否、彼女はパクパクと牛丼を食べ始める。 「それで、吉野家行ったんですよ。吉野屋。 そしたら、前の通りに人がいっぱいいて入れないんですよ。 で、良く見たら遠くの方に垂れ幕がかかっていて、 『ドニー・ザ・アイアンvs大和海大悟 試合会場』とか書かれているんですよ。 プロレスラーとスモウレスラーの人気者同士が戦うから、混むのは分かりますがね……もう、邪魔で、邪魔で。 をまいら、試合を見るために、関係無い店の前まで列をなしているんじゃないよ、と言いたい」 「そんなことより」 彼女の長い話に、冷静な声でアルシャンクが横槍を入れた。 「『例』のものは取れたか?」 「ほい」 長月真紀は、箸を口にくわえると、白衣の中から大きな茶封筒を引っ張り出した。 茶封筒を受け取ると、アルシャンクは中の書類を取り出した。 表紙には一行『月影なのは』と書かれていた。 身長や体格、果ては攻守のパワーやスピードを示したデータがびっしりと書き込まれていた。 「精密度を上げるため、私が作った3つの第7世代コンピューター『MIZUKI』『NANASE』『HITOMI』で調べました。ビデオで見ただけじゃ分からないことも、分かるはずですよ」 「……さすがだな」 「どうも、です。 それで調べた結果ですが」 空になった牛丼を袋に詰めながら、真紀はアルシャンクの手にした書類に瞳を移す。多分、アルシャンクと同じ場所を見ている。 そこには、月影なのはとザ・イースターの試合後半からのデータ。 「後半、ヘルメスさんが貴方に指摘したとおり、彼女の内から彼女の物でないと思わしき『エネルギー』が僅かながらに放出されています」 「……確実に『彼女の物でない』とそう言い切れるか?」 「少なくとも『MIZUKI』『NANASE』『HITOMI』は、違うと言っています。それに」 袋の封を強めに締めると、長月は近場のゴミ箱に投げる。が、届かずに手前で袋は落ちる。仕方なしに、長月は立ち上がり、ゴミを拾いに行く。 「それに、最後の一撃を放つあたりでは、そのエネルギーがなのは本人の意識に介入したと思わしきデータが検出されました。 まるで、何者かが彼女に話し掛けているかのように」 「では、ヘルメスの時と同じ質問せねばなるまいな。 その他人の気とは一体誰だ、という話になる」 アルシャンクは一旦口を閉じる。 身体全体を長月に向け、試すように声を放った。 「お前はどう考えているんだ、長月?」 「とりあえず、このエネルギーパターンは記録しました」 ゴミを捨て終えると、長月はアルシャンクの方に顔を向ける。 「今後なのはさん以外で街から似たパターンが検索されたら、即座に場所や人物を割りあてますよ」 「では、期待することにしよう」 「まあ……そういう『人物』がいればの話ですがね」 |