翼の拳
〜Fists of Wings〜


第60話

作者 茜丸

 トゥエヴムーンシティの街中、屋台が建ち並ぶ路上、
 一心不乱に焼きそばを食らう女がいた。
 女ではあるが、手入などされていないようなボサボサの短髪であり、
 地面にあぐらをかいて焼きそばをかっ食らう姿に女性らしさは微塵もない。

 服装も余りといえばあまりに粗野であり、
 袴をはいているものの、足は裸足であり、、
 肩から着物を着流しているが、胸にはサラシを巻いているのみで、
 上半身はそのガッチリと引き締まった傷だらけの肌があらわになっている。
 性別を除けば一昔前の番長といった風情である。

「姉ちゃん、よく食うねえ!」

 焼きそばの屋台のオヤジが威勢良く、その女に言い放つ。
 女の周りには10数の空になった焼きそばの皿が散乱している。
 
「かはっ!アンタの焼きそばはゾクゾクする!!」

 ずるずるとその皿も平らげると、女は一つかけた歯を剥き出しにして、
 ニィとオヤジに笑いかけた。
 見ると鼻に5cmくらいの傷がある女の顔つきは、
 例えるならガキ大将のように明け透けで、
 スッキリとした感じのつり気味の目と眉が印象的である。

 そして一気に立ち上がると、威勢良く小銭を叩きつける。

「焼きそばをもう一丁!」
「まだ、食うのかい?」

 女性である事を差し引いても余りに豪放磊落な、
 その食欲と威勢のよさに、屋台のオヤジも半ば呆れたような笑顔を見せた。

「あずみさ〜ん!」

 恐らくはこの女の名前であろう。
 ハーフと思しき長い茶髪に、少し大きめで蒼い瞳の少女が呼んだ。

 こちらの少女はスレンダーであり、
 ジーンズに身を包んだ服装はラフでボーイッシュではあるが、
 あずみと比べるまでもなく少女らしい可愛らしさを感じさせる。

「もう、こんなところにいたんですか〜探しましたよぉ」
「涼子か…おまえも喰うか?」

 あちこちを、さんざん探し回った様子で少々怒った感じの涼子に対し、
 あずみは全く気さくな感じに焼きそばを差し出した。

「いえ…遠慮しときます〜」
「そうか」

 両手を振ってあずみの申し出を涼子が断ると、
 あずみは残った焼きそばを一気に平らげた。

「で…どうした?随分と急ぎのようじゃないか」
「あ、ハイ!え〜と、二つほどあるんですが、どっちから聞きます?」

 どれとどれがあるのか良くわからない状態で、
 「どっちから」もないと思われるが、
 一瞬の間を置いて、あずみは返答する。

「好きな方から…」
「わかりました〜♪ 
 一つはその辺を走り回って色んな所で耳にした噂なんですが、
 なんかこの大会って前評判以上にヤバイらしいですよ。」
「へぇ…どうヤバイって?」
「なんでも世界規模のテロリストが裏で糸を引いているとか、
 それに関連して大小の裏組織も関与しているとか、
 各国の機関も有能な殺し屋や壊し屋を送り込んでいるとか…
 どこまでガセかわかりませんけど、もし本当なら、
 その辺を出歩いていてるだけでも危険です!危ないですよ!」

 早口で一気に喋る涼子の言葉を聞くと、
 その噂を本気に取っているのかいないのか、
 あずみはガキ大将のような無邪気な笑顔を見せる。

「楽しみだな…そいつらが俺と遊んでくれるわけか…」
「またそんな血の気の多いことを…」

 危機感がないのか余裕なのか、そんなあずみに涼子は少々呆れ顔をする。

「からかうつもりはないさ…涼子
 どこまで本当かはわからねぇが、なんとなくわかる。」
「?」
「こうしている間も何人かに見られている気配がするし…
 何よりコレは勘だな!俺も場数は踏んでいるが、
 こんなヤバイ予感がするのは初めてだ。」

 そういわれると涼子は慌てて周りを見回すが、
 彼女には、それらしい不審な点は何一つわからない。
 そんな涼子の姿を見て、あずみも苦笑する。

「そりゃあ無理だ涼子。おまえじゃ、まだこういうのはわかんねぇよ。
 だけどだ!俺にはこの予感が間違いではないと確信が持てる!」

 恐らくあずみは涼子をからかっているわけではない、
 涼子の知るあずみという女の性格が、その言葉の真実味を裏付けている。
 それよりも何より涼子を驚かせるのは、
 この状況にあって、全く物怖じした様子のないあずみの胆力である。
 
 いつどこで喧嘩が始まるかもわからぬ、
 いや、噂が真実であれば、いつ銃弾が飛び交うとも知れぬ街の路上で、
 そうと知りつつ豪快に焼きそばを食らうという大胆さ。
 この女は、やはり違う…そう思わざるをえない。

「もう一つは?」
「あ…!そうでしたそうでした!むしろこっちが本題で!」

 あずみは、最初に涼子の言った「もう一つ」の用事を問うた。
 涼子も慌てたように気を取りなおす。

「あずみさんの一回戦の対戦相手が発表になったんです!」


 

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