翼の拳
〜Fists of Wings〜


第62話

作者 茜丸

 何百年も昔のことだったような、昨日のことだったような、
 目を閉じればすぐにでもその場に帰れそうな気さえする。

 鮮烈なインパクトはどこまでもリアルであり、
 その幻想的な雰囲気は、どんな夢よりも現実離れしていた。

「生きているのって、なんか気持ち悪いよ…」

 そういった彼女の紅い瞳は、陰惨で、冷たくて、どこか寂しげで…

 そして…

 そしてただ、ひたすらに美しかった。


「人違いさ…」

 交差点の人込みの中で一瞬だけすれ違った少女に、
 昔、夏香が数十秒だけの邂逅をした少女のデジャヴ。
 
 輝いていた…

 いかなる雑踏の中にいたとしても、決して見失う事などないであろう輝き。

 陰惨で、冷たくて、どこか寂しげで…そしてただ悲しいほどに美しい…

 銀色の輝き。

 それは夏香の記憶にある中で、もっとも冷たい光。
 今にも泣き出しそうなほどに濡れた紅い瞳。
 全ての風景さえ凍りつかせるかと錯覚しそうな寂しげな無表情。
 かすかで消え入りそうで、それでいて脳に直接響くような透き通る声。
 そして自らの内から湧き上がる恐怖にも似た「畏敬」…。

「でも、アレは違う…」

 気をつけていなければ、なのはと逸れそうになるほどの雑踏の中、
 視界の中に一瞬だけ飛び込んだ青白い光。
 世界をその部分だけ人型に切り抜いたような違和感。
 余りにも鮮烈な、その強烈な光を見間違えるはずはない。

 それでも、夏香の中で二つの光は決定的に重ならなかった。

「夏香?」
「え?」

 数瞬ではあるが、夏香は思考を奪われていた。
 不意に呼んだなのはの声に、我に返る。

「どうしたの?」
「え…あ、さっきさ…。交差点で知っているような顔を見かけて…ね」
「ひょっとしたら、あの子かな?」
「え?」
「私の顔をみて、ニコって笑ったんだ。
 …なんだったのかなぁ、って思ってたんだけど。」

 いいながら、なのはの頬が少しだけ赤くなる。

「なぜ、そこで頬を染める!?」
「いや…みたこともないような綺麗な女の子だったから、
 なんだか照れちゃって…」

 そう、記憶の中の少女の輝きは例えるなら雪のようで、
 見つめられただけで全身が凍りつくような恐怖と、
 ともすれば溶けてなくなってしまいそうなと寂しさ儚さに満ちていた。

 でも、今みた少女は…

「あの優しい笑顔は…」

 その笑顔から感じたものは、記憶の少女の対極に位置するような、
 柔らかく暖かい、優しい輝きだった。


 

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