翼の拳
〜Fists of Wings〜
第63話
作者 茜丸
| 「ああ?おまえ、なんでこんなところにいるんだ?」 義仲たちの目の前に現れた銀髪紅眼の少女。 ―ゼウス・マシュー― それが少女の名前であった。 女性の名前…というか、人の名前というにはあまりにも尊大であるが、 もちろん本名である。ちなみに義仲とは同じ年の14歳である。 「だぁってぇ!僕もジムのお手伝いをしてるんですから、 応援に来るのは当然じゃないですか〜♪」 そう、ゼウスは義仲たちのジムで雑用のバイトをしている。 掃除、洗濯、炊事から、機材の手入などをこなす文字通りの雑用である。 本来、そんな雑用を雇うような事はないのだが、 キックの熱烈なファンということで、特別に入れてもらっている。 もちろん中学生の身なので、給料を貰うわけにもいかず、 かわりにジムや試合などに出入り自由が、給料代わりというわけである。 「んで…その、あからさまに巨大な紙袋はなんだよ?」 「あ、これですか?差し入れのお弁当ですぅ♪ たくさんつくってたら遅くなっちゃいましたゥ もちろん、皆さんの分もつくってありますよ♪」 「まあ…おまえのつくる飯は美味いから良いんだけ…」 「おお!オレたちの分まで!感激だなぁゼウスちゃん!」 「ゼウスちゃんのお弁当があれば、世界チャンプもメじゃないぜ!」 ゼウスに返答しかけた義仲を押しのけて、 ジムの仲間達が一斉に乗り出してきた。 本人は知らぬことであったが、ゼウスの容姿は前述の通り非常に可愛く、 市内…下手をすれば県内でも評判の美少女であり、 実はジムの練習生のほとんどは 最初にゼウスがジムに来た時から彼女の事を知っていた。 しかもジムの仕事は甲斐甲斐しくテキパキとこなし、 何よりいつでも笑顔を絶やさない素直で明るい性格に、 ジムの練習生の大半が彼女に惚れているのである。 余談であるが、本来、掃除や洗濯も、 格闘をするものの真摯な態度の一環であり、 部外者に任せたりせず自分達で行うのが筋であるが、 ゼウスが仕事をしていると男どもは勝手に手伝うので、その点も問題ない。 「お…おまえらなぁ〜…」 「義仲さん、大丈夫ですか?」 義仲は押された拍子に床に倒れて、踏み潰されていた。 打撃格闘家が簡単に転ぶのは問題であるが、 背後から不意をついて、 しかも体格では義仲を上回る男達の猛突撃を受けては是非もなしである。 「もう〜、義仲さんは今から試合なんだから、 怪我とかしたらどうするんですか〜。」 ゼウスはジムの先輩達をよそに吹っ飛ばされた義仲を起こした。 「義仲さんには頑張ってもらおうと思って、 一人だけ特製のスペシャルなお弁当なんですよ〜。ジャ〜ン!」 「一人だけ特製」の言葉にジム仲間達の耳がピクピクと反応する。 そうしてゼウスは他の弁当箱より一回りデカい…というか、 他のが普通の弁当箱に対し、一人だけ三重になっている、 しかも漆塗りの上等な弁当箱の一番上の蓋を空けると…。 「ゲッ…なんじゃコリャ!?」 そこには巨大なハートマークに彩られた「義仲さんLOVE」の文字が、 食材をふんだんに利用し、色鮮やかに描き出されていた。 一瞬、呆気にとられたものの、ジム仲間の冷ややかな視線と、 コーチのニヤニヤとした視線に気づいた義仲は、 慌てて弁当箱の蓋を閉じた。 「バッ…こういう誤解を招くような恥かしいことはすんなって、 いつも、いってるだろうがよ!」 「…あ……ごめんなさい…」 ゼウスは義仲に怒られ、少しガッカリする。 超がつくほど鈍感な義仲本人は気づかないが、 ゼウスの余りにも明け透けな態度に、 義仲へのその気持ちは、周囲の者からみれば丸わかりだった。 (ゼウス本人は隠しているつもりのようだが…) ジムへ来たのも、実はキックボクシングのファンなんじゃなくて、 本当は義仲めあてなのではないかと思われるほどだが、 実際にキックの事も本当によく勉強しているので、 そこのところは誰も突っ込めない。 なにより、ゼウスの事が好きなジムの連中は、 ぶっちゃけ、そんなことは「どうだっていい」。 もっともそんなわけで義仲は、 ジム中の男どもの暗い怨念を背に受けているわけだが…。 「まあ、そう邪険にするなヨシ! おまえにはもったいないほど良い子じゃないか!」 「だから、そんなんじゃねぇって!」 コーチも今時めずらしく真面目に働く良い子だと好感を持っており、 ニヤニヤしながら義仲の肩を叩きながら冗談めかしく笑う。 「いや〜、義仲はモテモテだなぁ〜」 「ホントホントうらやましいぜぇ〜」 ジム仲間たちも、引きつった笑顔で、 義仲の頭を、思い切り力のこもった手でバシバシと叩きまくる。 なんというかもう、ゼウスの登場で更にうざったくなったこの連中から、 義仲は一刻も早く離脱したい気分で一杯だった。 というよりむしろ… (全員ぶちのめしたろかい!) …とすら思っていた。 |