翼の拳
〜Fists of Wings〜


第66話

作者 島村鰐

「あの、義仲さん。私が食べさせてあげましょうか?」

「馬鹿なこと言わねぇの」

ゼウスの申し出を軽く笑って一蹴すると、義仲はさっさと弁当を
がっつき始める。

――冗談で言ったわけじゃないのになー…

ゼウスとしてはかなり期待を込めての発言ではあったが、
義仲のほうでは特にゼウスをなんとも思っていないのでは仕方ない。
とは言え、

「うん、見た目はともかく、やっぱり味はいいぜ、オマエの弁当」

こういうコメントを聞くだけで、たまらず幸福感がこみ上げてしまうのでる。

「ところで、さっきはジムの人たちと何でもめてたんですか?」

「ああ、あれね」

弁当を食みながら義仲が答える。

「あいつら、今日から俺が『試合期間』だって言うんで、
 一日中俺についてくるってうるさくてさ。
 外出るのにいちいちあんなむさい連中に付きまとわれてちゃ
 やってらんないて言ってやったんだ。
 コーチなんか、俺の外出時間まで管理するとか言い出してさ」

「外出時間?」

「不意のエンカウントで不利な試合になる率を減らすんだってさ。
 ばっかじゃねえの?」

この大会は会場に設けられたリングで闘うものではなく、
ストリートファイト形式を取っているのが売りになっている。
その形式のため、試合会場と時間の設定はかなり特殊な
決りになっているのである。
まず、試合開始日時は厳密には決っていない。
カードが組まれた選手それぞれには「試合期間」と「会場地域」が告知され、
各選手はその期間中、「会場地域」内に好きなタイミングで出かけていき、
地域内で対戦相手に出会った時が試合開始となるのである。
しかもこの時、選手の一方が相手を見つけながら他方は気付いていないと
いうような場合、それが「会場地域」内であれば
不意を突いての奇襲も許される決りになっている。
このため、義仲のコーチ陣はこの奇襲の危険を避けるために
集団での行動を提案していたのである。

「けどなぁ、そもそもこの大会のやり方ってケンカだぜ、
 ケンカにいちいち取り巻き連れて行くのかよ。
 そんなの男じゃねえよな。」

弁当をがっつきながら義仲は咆えた。

「だいたいこんな序盤からそんな弱腰でどうするんだよ。
 2戦目3戦目もずっとそんなやり方で行けると思ってんのか。それに」

義仲の目の色が不意に変る。

「そんなやり方じゃあ、アイツとの差が縮まらねぇ」

月影なのは。
自分を倒し、一足先に一勝を上げたあの宿敵。
あいつは、そんな姑息なことをして危険を避けたりはしなかった。

「義仲さん…」

ゼウスは胸に痛みを覚える。
それは自分が未だ入り込めずにいるこの少年の心に、
恋情とは無関係とは言え深く存在している少女への
嫉妬に他ならない。

――羨ましい。
僕の存在が彼の心に迎えられることは無いのだろうか。
せめて彼女のように。
いや、僕はただ思いを抱いているだけでいい。
それが叶うことを望むわけじゃない…

――だけど君が誰を好きでも僕は君を好きだよ――
  (谷山浩子「見えない小鳥」より)

「さって、じゃぁ行くか!」

義仲の威勢の良い声に、少女の思考は中断された。
義仲は食べ終わった弁当をたたみ、立ち上がっている。

「い、行くって、何処へ?」

虚を突かれて焦り、凡庸な質問の仕方をしてしまう。

「決ってるだろ、折角旅行に来てんだから、街のほうに行ってみるんだよ」

そういうと、義仲は再びゼウスの手を取って引っ張っていった。


 

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