翼の拳
〜Fists of Wings〜
第69話
作者 茜丸
| ダッシュウッドが病室を出ると、 そこには病室の警護をしている黒服連中の他に、 明らかに異質な雰囲気を漂わせる長身の男と少年がいた。 長身の男は、アラブ系らしい彫りの深い顔に口髭をたくわえた黒人。 靴、シャツ、全て黒で統一されたスーツを着て、頭には黒いターバンを巻き、 そのあまり布が長い後ろ髪のように垂れ下がっている。 隻眼である為、右目には眼帯がしてあるが、 残る片方の眼には鋭い眼光をたたえている。 「あの男の言葉を信じるのか?」 「ヘルメスはふざけた男だ。しかし頭のいい男だ。 意味もなく敵を増やすようなマネはしない。」 「私は納得しかねるな…」 長身の男の反論に対し、ダッシュウッドは不敵な笑みを浮かべそれに答えた。 「わかっているよレシェフ。 ヘルメスはアルシャンクとはまた別の意味で危険な男だ。 だからこそ常に警戒はしているさ…」 「聞けばチャンプが辻斬りに狩られたという事実の隠蔽工作も、 全てヘルメスに取り仕切らせているようだが…」 「10月によって隠蔽前に現場検証も行われている。心配は要らない。 それに元々、情報操作は11月の仕事だろう? ヘルメスもまた同志だ。信じろ。」 「しかし…!」 「わかるかレシェフ? ボクシングヘヴィ級はビッグビジネス… そのチャンプというのは、アメリカの経済界においても重要な存在だ。 それがどこの馬の骨とも知れぬ辻斬りに倒されたなどとわかれば、 どれだけの混乱になるか想像もつかん…。」 「それを気にかける暦でもあるまい」 「普段ならな…だが、今は余計な騒動はなるべく避けたい。 そしてヘルメスならばこそ… この事実を完璧に隠蔽してみせるだろう。」 「あの男のそういう手腕は嫌というほど信用している。 それは確かに『他の誰か』には任せられない仕事だろう。 しかし、だからこそ…」 「とらわれるなレシェフ…!何ごとにおいても過信は禁物だ。 しかし疑い過ぎれば柳の枝さえも化物に見えよう。 疑い過ぎても真実を見落とす。それはむしろあの道化師に隙を与えるぞ。」 ダッシュウッドの言葉に加え、 その厳しい表情に甘さなど微塵もないことを感じたか、 レシェフは眉をひそめ、少しだけ変な表情をして微笑んだ。 一方、レシェフとともにやってきた少年は、 その間、二人のやりとりを聞いているのか聞いたいないのか、 うつろな表情でただ黙っているのみだった。 少年はネイティヴアメリカンと思われる黒髪、褐色の肌をしており、 小柄で華奢な体の美少年である。 服装もやはりネイティヴアメリカンのような民族衣装を着ている。 冷たい光を称えた寂しげな眼が印象的である。 少年の名は“凍てつく冬の”ディー。 暦の最高幹部会、十二人委員会の一人「12月」である。 同じく十二人委員会の一人「7月」“炎を運ぶ”レシェフと共に、 「戦闘系」の幹部として名を連ねている。 「しかし『戦闘系幹部』が二人もおそろいでどうした? ホワイトハウスでも襲撃するつもりか?」 そう言いながらダッシュウッドは、 とりあえず場所を変える為、進行方向を指で合図し廊下を歩き出した。 レシェフとディーもそれに着いて行く。 「ただ待機しているのもヒマなのでな…。 少しでも面白そうな火種があるというのならと思ったのだが…」 「フッ…興行主に向かってヒマとはご挨拶だなレシェフ。 おまえ達の出番はまだまだ先だ。 余暇と思って、もう少し祭りを楽しめ。」 「フンッ」 レシェフはダッシュウッドの言葉に不機嫌そうに返す。 「そんなことより辻斬りだ…。 ヘヴィ級チャンプのケースは狂言である可能性が高いのかもしれんが、 事実、他にも辻斬りにやられた有名選手が多発している。」 「まさかとは思うが… ヒマを持て余して、おまえがやっているわけではなかろうなレシェフ?」 ダッシュウッドが柄にもなく冗談めかしてレシェフをからかった。 「ハッ…バカをいえ。私なら興行の邪魔にならんよう無名選手を狙うさ」 その返答に一瞬、歩を止めるダッシュウッド。 目を合わせて、一瞬の沈黙。 「冗談だ…」 無表情でレシェフは答えた。 |