翼の拳
〜Fists of Wings〜


第72話

作者 茜丸

トゥエルヴムーンシティの中心部。
ビルの立ち並ぶ繁華街。デパートや世界各国の名産品を扱う店。
みると巨大なオーロラビジョンなどもある。
この街で、もっとも人のごった返している場所であろう。

「北条あずみか…なのはの友達も最初っからまた面白い奴と当たったね」
「知ってる人なの夏香?」
「噂に聞いてる程度だけどね…」
「あずみに関しちゃ俺の方が詳しいぜ。
 その筋じゃ色んな所で伝説を残している喧嘩の達人らしい。」

なのは、夏香、政樹の3人は、
繁華街のオープンカフェで食事をしながら談笑していた。

「女の喧嘩師って話だが、男でも敵う奴はいないって話だ。
 俺も直接会ったことはないんだが、ことあるごとに噂は聞く。
 もし仮に、あずみにまつわる伝説が全て本当なら、
 あのイースターよりも強いかも知れねぇってくらいさ。」
「え〜、じゃあ日向くん、大丈夫かなぁ…」
「でも喧嘩屋の伝説なんて、たいてい事実に尾ひれがついてるもんでしょ?
 だいたい自己流の喧嘩技なんて、本当はどの程度だか眉唾モンだわ。」
「夏香…。今時『まゆつば』なんて使う人、あまりいないよ…」
「うわっ!オバサンくさっ!」
「やかましっ!」

北条あずみこそ、日向義仲の初戦の相手であった。
木刀をエモノとする巨躯の女喧嘩師。
壊滅させた不良組織は数知れず、伝説も多い。
しかし当然、公式の場での戦闘は今回が初めてとなる。

無数に語られる伝説からすれば、その地力は一流の格闘家と互角。
ましてこの大会ルールは殆ど野試合も同然。
それは彼女のホームグラウンドともいえる。

前評判では、密かに優勝候補にすら数えられている。

「まあそうねえ…伝説ってのに尾ひれがついていることを差し引けば、
 日向って子の実力ならいい勝負になるんじゃない?」
「しかし場合によっちゃあ、この俺に匹敵する実力かもしれないって事だ。
 そうなると、アマチュアのキック少年にはキツイかもなぁ。」
「え〜、なんか酷いなぁ〜」
「まあ、仮に噂が本当だとしても、あたしの敵じゃあないけどね。
 オ〜ッホッホッホッホ…♪…あれ?」

ちょっとふざけた感じに、御嬢様っぽい変な高笑いをする夏香。
と、同時に背後から影が覆い被さり、夏香の視界が暗くなった。

「ほ〜。たいした自信だな?」

背後から声がした。
夏香は椅子に腰掛けたまま、真上を仰ぐように声の主を確認した。

そこに居る人物には見覚えがあった。
さきほどオーロラビジョンに映っていたからだ。
さっきから話題の中核に昇っている渦中の人物…、
「北条あずみ」その人であった。

「アラ〜…聞いてらしましたんですの?オホホホホ…」

あずみの妙に優しそうな笑顔を仰ぎ見ながら、
夏香は冷や汗まじりに、引きつった笑顔をした。

疾。

なにかとてつもなく速いものが、縦に走った。
なのはには見えなかった。
気づくと、夏香の腰掛けていたプラスチック製の椅子が両断されていた。

「あの体勢からよくかわしたもんだ…」
「アンタの木刀が遅かったからね」
「手加減したのさ…今のは不意打ちだったからな」

椅子を割ったのは、あずみの木刀だった。
ノーモーションから片手で一気に振り下ろし、
木刀でプラスチックの椅子を叩き割ったのだ。

そのパワー、スピード、反射神経…、
全てにおいて、あずみが「本物」であることを、その一撃が物語っていた。

もちろん、椅子に体重をあずけた不安定な体勢から、
一息で跳ねて一撃をかわした夏香も…。

「訂正するよ喧嘩屋…アンタは『本物』みたいね。」
「訂正するのはそこか?」
「他に何かあるワケ?」
「あ〜、あれだ…。そう…『私の敵じゃあない』ってやつ?」
「そこは訂正しないねぇ〜♪」
「ほ〜。」

夏香とあずみは、にこやかに話を進める。
それは傍から見れば、まるで仲のいい友人のように…。

「おかしくなりそうだったぜ…ずっと戦えなくてな!」

そういうと、あずみはゆっくりと夏香に木刀の切っ先を向けた。
しかし夏香は動揺する様子もなく、あずみの目を見て微笑んだ。

「ここではじめたら、アンタもあたしも大会は失格になっちゃうけど?」
「知ったことか。今、戦えればそれでいいんだよ…俺は!」
「もしアンタが正規に大会を勝ち抜くんなら、
 あたしの方も責任もって勝ち抜いてあげると約束するけど、どーよ?」
「明日戦えるかも知れない誰かより、
 今この場で対峙しているオマエを選ぶ」
「素敵な口説き文句だねぇ〜」

夏香の眼光が変わった。
闘気も…。

「もう一度聞くけど…いいの?」
「いい。」
「おい…夏香!」

政樹が慌てて止めに入る。
なのははどうして良いかわからずオドオドと慌てている。

「ここまで熱烈に求愛されたら、断るのも女がすたるでしょ!」
「そんなに律儀な性格かよ?」
「元々、大会自体はアタシにゃ興味のないこと…
 失格になったらなったで、なのはを守りやすいしね。それに…」
「それに?」
「止められそうもないのはアタシも同じ…
 なのはを頼んだよ!」
「オイ…!!」

言うと同時に夏香は掌底で政樹を突き飛ばした。
なのはが驚いたときには、もう、
夏香の体はアスファルトの上から跳ね上がっていた。

飛び蹴り。

一瞬にしてあずみの頭の前に迫っていた。
少し首を傾けて、あずみもこれをかわす。

夏香は着地すると同時に構えなおした。
既にあずみの木刀も、その切っ先を正確に夏香に向けている。

「待たせたね。」
「気にするな。」
「じゃ……やりますか。」

夏香は一瞬ニヤリと口元を緩ませたかと思うと、
突然バババッと…、次々に色んな構えを取りだした。

「アメリカ式!」
「フランス式!」
「イタリア式!」
「ケニア式!」
「コサック式!」
「!?」

あずみは、この突然の行動に怪訝な顔をしたが、
それでも木刀は微動だにせず夏香に突きつけられている。

「日本式!…………世界の挑発!『かかってきやがれ』」
「……上等だ」

あずみと夏香は、同時に踏み込んだ。


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