翼の拳
〜Fists of Wings〜


第73話

作者 茜丸

日向義仲は後悔していた。

「なあ、ゼウス…そろそろ歩き疲れたりとかしないか?」
「ハイ!僕ならぜんぜん平気ですよ義仲さん!」
「そ…そうか…」

デパートから出た後、ゼウスの手を引っ張って歩いてきたことを、
義仲は凄まじく後悔していた。

違和感を感じたのは、しばらく歩いた後、
義仲の方が、手の力を緩めた時だった。
ゼウスは義仲の手をしっかと握り返したまま放さなかったのだ。

義仲としても違和感は感じた。
しかし、そこで面と向かって「放せ」というのも、
なんだか邪険にするみたいで気がひけた。
それに、しばらくすればゼウスも自ずと放すだろうと考え、
気にしないでそのまま歩いていた。
しばらくの間は…。

それからどのくらい時間がたったのだろう。
時間にすると十数分だろうか…。
しかし義仲には、一時間以上は歩いているような、
それはそれは、とてつもなく長い時間に感じた。

別に義仲もゼウスに手を握られているのが嫌というわけでもない。
ないのだが…とにかく、なんだか気まずいというか、気恥ずかしい。
しかし、それ以上に義仲がさっきから気になっているのは、
道行く人々の目であった。

(くそっ!そんなに手ぇ繋いで歩いてるのが珍しいのかよ!)

道行く人々がチラチラと自分達の方を見ている。
すれ違う大勢の人々が、いちいち自分達の方を振り返る。
義仲も最初は、自分が意識しすぎてるだけで、
見られているのは気のせいだと思っていたが…。

(いや…間違いなく見られてる!絶ッ対ぇ〜に見られているってコレ!)

一人や二人ではない。かなり大勢から。

街の大通りなので、周囲に何人くらいいるのか数え切れない。
それでも信じられないことに、その7割…いや9割くらいの人間が、
確実に自分達の方を見ていることを義仲は感じていた。

見られていると思うと、余計に手を放しづらい。
しかし義仲には、それが何故なのかはわからなかった。

一方ゼウスは、義仲の手を一向に放す気配も見せず、
少し伏し目がちに頬を染めてあとをついていく。


実は人々が見ていたのは、「繋いだ手」ではなく「ゼウス」であった。
男女を問わず、彼ら、彼女らが、
歩きながら、もしくは知人と談笑しながら、
そうして漠然と眺めている風景の中に、一瞬ゼウスが横切った。

それだけで思わず気をとられてしまうほど、
それだけで思わず彼女を見つめずには居れないほど、
それほどまでに彼女の容姿には不思議な輝きが満ちていた。

もちろん実際は、手を繋ぐ以前から…。
ゼウスと一緒にいる間中、義仲も視線を浴びつづけていた。
ただし手を繋ぐまで義仲は特に周りを意識をしていなかった為に、
それに全く気づかなかっただけなのである。

そして「握られっぱなしの手」に気恥ずかしさを感じたことで、
急に義仲は気になってしょうがなくなったのだ。

(しかし、完全にタイミングを失ったな…)

どこかに立ち寄れば、それを機に手を放すこともできる気がする。
しかし、昼食もすませ、買い物も終わり、
今から寄れそうな適当な店というのも、あまり見当たらない。
あとは対戦相手に早いところ遭遇するのを祈るばかりである。

だから、ひたすら歩いている。

割と速足で歩けばゼウスも疲れるんじゃないかとも思った。
だがゼウスは見かけに寄らずタフで、全く疲れた様子もない。

いい加減、もう限界になり、
ゼウスに「放せ」といおうとしたその時…。

「あれ?アナタ、日向義仲?」

突然、どこからか不意に呼びかけてきたその声が、
義仲には天の助けのように神々しく響いた。


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