翼の拳
〜Fists of Wings〜


第74話

作者 ナニコロ

「やー、ホント、久々。元気してた?」

 振り向いた義仲の目に入ったのは、流れる金色の髪とやや大人びた少女の顔だった。
 服装はに、胸に赤い星マークがついた白いTシャツ、半袖のGジャン、Gパンに緑のスニーカー。
 腰に手をあてた仕草が、『天の助け』たるこの少女の活発さを良く現していた。

 少女は屈託なく笑うと、義仲の胸を軽く小突いた。

「え……えーと?」

 尋ねられては思わずうめいた。

「やだなー。忘れたの? アタシよアタシ。涼子・ライトスター」

「涼子……ライトスター……」

 言われて、口の中で反すうする。
 なにやら、凄い大切なようなことだったような気がするが、一方で興味が無くてほとんど覚えていなかったようなこと。
 ブツブツと呟くこと、数回。
 突然、スイッチが入ったように記憶が甦る。

「お前、涼子か! あの涼子かよ!!」

「そうそうそう、その涼子よ」

「いや、本当久々だな! 彼是何年ぶりだ?」

「あの、義仲君。この人は……?」

 となりのゼウスが尋ねてきた。

「ああ、紹介するよ。こいつは涼子・ライトスター。
 説明すると……色々面倒だから簡単に言うと知り合いだ」

「どもー。涼子よ。よろしくね」

 涼子は二人をしげしげと眺めた。
 どんなときでも、どんな格好で闘う義仲だから、まあ、良いとしよう。
 問題は隣の少女。
 格闘技をする者には華奢に見えるだろう、しかし、美しい線をなぞるスレンダーな身体。それを包む可愛く着飾った服。
 そして、美少女。枕言葉に『絶世の』が付くほどの。

 つまり……義仲が凄く綺麗な少女と『余裕なデート』している。
 涼子の目にはそう映った。
 ニヤニヤと、口元をほころばせると、義仲に膝でつついた。

「ずいぶんな自信ねぇ〜次の試合がすぐだってのに、彼女連れ回しているなんて」

「そんな、彼女だなんて……ゥ」「か、彼女じゃねぇ! セコンドだ! セコンド!」

 ゼウスが顔を赤らませるとほぼ同時、義仲がきっぱりと否定した。
 もちろん、ゼウスが無言で落ち込んだような……実際、落ち込んでいるのだろう……動作を見せるのもほぼ同時だった。
 端から見ていると夫婦漫才のようである。

 ただし……涼子からは笑みが消えたが。

「……セコンドって……本気?」

「な、何だよ、急に深刻な顔して。あ、当たり前だろ」

「あなたの次の相手……あの『あずみ』だよ……それを知っていて、その子をセコンドにしたの?」

 涼子が放つ雰囲気は、『心配だから』とかそういった類のものではなかった。
 はっきりとした……『怒』の波動。
 が、それを感じなかったのか、義仲は頭の上に『?』の文字を浮かべた。

「……誰だその……『安曇野』だか『泉』だがっての?」

「『あずみの』でもなければ『いずみ』でもない! 『あずみ』よ!」

 涼子の怒声に、義仲は一瞬、ビクリと動きを止めた。
 心の中で冷や汗をかきつつ……何故、ここまで涼子があずみのことで怒るのか分からぬまま……手を振る。

「おいおい、そんなに怒るなよ……」

「あずみはね……」

 ふぅ……と溜息を吐くと、まっすぐ義仲を見た。

「アタシが知る限り、世界一強い女性―ひと―よ」

 思わず目を見開く義仲。拳を無意識に握り締めた。

「本当かよ? ……おれはその『赤木』……」

「あずみ」

「……『あずみ』って奴のこと、全然知らないけれど……
 お前が本気でそう言っているんなら、相当の奴ってことだよな……」

「大丈夫だって!」

 ここで会話に参加していなかったゼウスが割って入ってきた!

「僕が義仲さんのセコンドになったからにはあの『あずみ』だって勝ちます!
 ううん、義仲さんなら、誰にだって勝ちます!」

「ふざけないで!」

 たった一発の怒声。
 それは義仲も、その周りの空間も凍りつかせた。
 いや、その場の温度も、時さえも止めたとさえ錯覚できるほどだった。

「パワーでならイースター、技のキレなら炎虎の方が上かも知れない」

 涼子は一呼吸すると、一言、付け加えた。

「でも強いのは北条あずみよ」

 義仲は涼子の迫力に飲まれていた。
 いや、むしろ、今回に限り『何にも覚悟していなかった』からこそ圧倒されたのだろう。

 ここで終われば、義仲に『活』が入り、良い方向に終わったのだろう。
 ……ここで終われば。

「それでも」

 だが、その場で涼子の気迫をまったく受けない者がいた。
 それどころか真正面から気合を弾き、口元には豪胆かつ、不遜、そして不敵な笑みさえも浮かべていた。

「勝つのは、義仲さんだよ」

 ゼウス・マシュー。

 その人である。


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