翼の拳
〜Fists of Wings〜


第76話

作者 鬼紫

戦闘を開始した夏香とあずみ。

両者とも激しい猛攻をかけ続け、一瞬たりとも動きの止まることがない。

「膠着状態だな…」

政樹がつぶやいた。

「あんなに攻めあっているのに?」

なのはが不思議そうに尋ねた。

「夏香の攻撃はほとんどがフェイク…つまりニセモノさ。
 元々あずみの方が体格が良い上に木刀だからな、
 この圧倒的なリーチの差がある以上は、
 攻撃をかわして自分の間合いに踏み込まなくてはならない。」

圧倒的な実力差がある相手であれば、
同時もしくは遅れて攻撃を出したとしても、夏香の攻撃が先に当たる。

しかし、実力差が拮抗している相手…あずみの前では、
リーチの短さが決定的な弱点となる。

「あずみの攻撃には隙がない。夏香は完全にかわしているがな。
 たまに妙に大振りな攻撃が入るが不気味だな…あれもフェイクだな。
 不用意に攻めたら何か罠にかかりそうな…。」

あずみとて生半な攻撃では夏香を捕らえられない。

あずみの技は大技になればなるほど、
その破壊力に比例してモーションも隙も大きい。

夏香に決めるためには、少しずつダメージを与えて弱らせなくてはならない。
しかし、慎重に攻める夏香には一撃もヒットしない。

わざと隙の大きい技を出しても誘いに乗ってこない。

激しく攻めあっているようにみえて、
互いにまだ相手の出方を慎重に伺っている。

だから膠着状態なのだ。

「じゃあ、本気で乗せてやるよ…」
「む!?」

あずみは突如、後ろに跳び夏香との間合いを離す。
そして両腕を下ろしてノーガードの姿勢になった。
口元には、ニヤリと挑発的な笑みを浮かべている。

「政樹さん、あれは?」
「あえて撃たせて、捕らえるつもりか。
 軽量の夏香の攻撃…一撃なら耐えられると踏んで、しとめる気だ」

夏香はしばし棒立ちのあずみを見やる。

「受けるとみせかけて…かわすって手もあるね。
 でも、かわさないね。かわしたら、あたしを捕らえられないから…。
 でも、捨て身で受けたって、あたしを捕らえることは出来ないね。」

夏香はクルリと大きく振りかぶるとニヤリと笑った。
目の前で力をためる夏香を前に、あずみは臆面もなく微動だにしない。

「本気で撃つスタンナックルを食らって、立っていられるやつはいないから…」

つぶやくと同時に夏香は渾身のスタンナックルを打ち込んだ。



顔面に打ち込まれたスタンナックルを、あずみは額で受け止めた。

血がしぶいた。

何かが血飛沫の中に高々とそびえたった。

あずみの木刀だった。

夏香の身体が地面に叩きつけられた。

あずみの渾身の一撃が夏香を捕らえたのである。

額から流れる血を舐めると、あずみは薄く微笑んだ。
そして、体勢を崩し膝をついた。

頭部にヒットしたスタンナックルは確かに効いていたのだ。

「あつつ…」

あずみが膝をつくのと、ほぼ同時に夏香が起き上がった。

ダメージはある。あずみの渾身の一撃を食らったのだ。

しかし問題はない。戦うのに全く支障は出ていない。

「タフだな…」

あずみも立ち上がった。歯をむき出して笑った。
ダメージはあずみの方が深い。

「アンタもね…」

立ち上がったあずみを見て、夏香の額に冷たい汗が流れた。

先ほどまでのあずみには感じていなかった感覚…

"戦慄"

夏香が流させた血飛沫は"北条あずみ"という名の獣を起こした。


第77話に続く
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