大統領ゴライアス・ゴードン


『奇妙』な老人だった。

主がテロリストに監禁されているにもかかわらず、まるで無事に
帰ってくるのがわかりきっているかの様な立ち居振る舞い。
小柄の、やせこけた老人。
しかし同じその場にいる、焦りと動揺の色を隠せないでいる警官や空港職員とは一線を画した存在感があった。

キルマー・バレンタインが小竹に蔑みの視線を送る。
「小竹総理‥‥あなたがたの落ち度ですぞ」
落ち着いた口調。しかし明らかに責める口調。
「この国の危機管理体制は一体どうなってるのですかな?」
「め、面目ない‥‥」
小竹はとりあえずこの場は詫びるしかなかった。
そして、焦った。

まずい。
この事件で、ガイア共和国に、否、ゴードン大統領に負い目ができる。
そうなれば今後ガイアに対して日本の立場はさらに不利になる。
対等の立場でなくなってしまう。
なんとかこの事件をうまく治めなくては‥‥。

「キルマー補佐官、テ、テロリストとの交渉は我々にお任せを!」
「‥‥どういうことですかな?」
「ゴードン大統領は私どもが必ず命に代えても救出してみせます!
 今、国連を通じて腕利きのネゴシエーター(交渉のプロ)を呼び寄せている所です!」
「その必要はございません」
キルマーはきっぱりと断った。
「交渉は全て、この私めがさせていただきます」
「そ、そんな‥‥ご無理をなさってはいけません!ここは私どもに‥‥」
「だまらっしゃい」
物静かではあったが、絶対の拒絶。
内閣総理大臣が、管制室にいる全員が、1人の小柄な老人に気圧されている。

「もともとテロリストグループは私に連絡すると言ってきているのです。
 私が当たるのが筋というものでしょう」
意外に頑固なじいさんだ、と小竹は心の中で思ったが、さらに食い下がった。
「し、しかしそれでは私どもの立場が‥‥」
「あなたがたの立場や面子などどうでもよろしい。今は大統領閣下の救出が最優先です」
もっともである。
「それに総理、あなたはさっき、「命に代えても」とおっしゃいましたが、
 この状況、どう転んでもあなたの生命が脅かされることはございません。
 あなた方はそこでおとなしくしていなさい」
国際政治に関わる者としてはかなりの暴言であったが、キルマーの不気味な迫力に小竹は言い返す事ができなかった。

(ぐっ、な、なぜこんなジイさんに言いくるめられねばならんのだ‥‥!?
 いかん‥‥いかんぞ!ここでじっと何もせずに終わったらまたマスコミに
 『無能』のレッテルを貼られてしまう‥‥!
 私は‥‥私は内閣総理大臣なんだぞっ‥‥!)

「いけません!やはりここは交渉のプロに任せるべきですぞォ!!」
やや口調を荒げる小竹。
「ふぅ‥‥小竹総理、事態はかなり切迫しているのです」
キルマーは溜息まじりに小竹を見た。
「例のテロリストグループ‥‥おかしいと、思いませなんだかな?」
「?」
「普通、ハイジャックとは飛行機が離陸してから事を起こすものです」
「は、はぁ‥‥」
「そうしなければ自分たちの要求を通した後、逃げ場がなくなるからです。
 しかしこの場合、犯人たちは飛行機に侵入してすぐに行動を起こしている。
 その結果、ごらんの有様です」
キルマーとともに、管制室のデッキから眼下を見下ろす小竹。
エプロン(飛行機の駐機場)にある大統領専用機。
警官隊がその周囲はもちろん、滑走路へと繋がる誘導路までをも
完全封鎖している。
「いかがですかな?」
「な、なるほど、、つまり犯人は‥‥」
「さよう。彼らは自分たちの後のことなど考えてはいない、
 かなり危険な連中だということです」
「ですな‥‥(そうだったのかぁ〜‥‥)」
「それゆえ事は急を要する。ネゴシエーターなど待っている暇など
 ございません」
「あ、いや、ちょっと待っ‥‥」

無線機に当たっていた警官が叫ぶ。
「大統領専用機から連絡がきました!」

「わかりました‥‥私が出ましょう」
キルマーは静かに無線機の前に座った。


 


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