大統領ゴライアス・ゴードン


ある者は、「譲れぬ思い」の為に。
ある者は、「愛するもの」の為に。
ある者は、「己自身」の為に。
ある者は、「生きる」為に。
またある者は、特に、何の理由もなく‥‥‥‥


ある者にとっては、"REVENGE(復讐)"
ある者にとっては、"JIHAD(聖戦)"
ある者にとっては、"MISSION(成すべき仕事)"
ある者にとっては、ふってわいた"TROUBLE(災難)"
そしてある者にとっては、単なる一つの"REVUE(作品)"‥‥



やや薄暗く曇った空の下、管制塔デッキから大統領専用機を見るキルマー。
「それにしても‥‥行動が遅い‥‥」
ポツリとつぶやいた。
「まさか‥‥‥‥?」
老人の言葉は、誰の耳に入ることもなかった。


「さぁて‥‥どうしたもんかね?」
アルバンスがくわえタバコで頭を悩ます。
灰皿にはすでにかなりの数の吸殻がたまっていた。
専用機内の会議室でマッジオと今後の相談をしていた。
バンハイは搭乗口、チュンとロネは人質の見張りにそれぞれ当たっていた。
「アル、あまり感心したアイデアじゃないんだが‥‥」
「なんだ、言ってみろよ」
マッジオが言いにくそうに口を開く。
「ゴードンではなく、少女の方を人質にするというのはどうだろう?」
「‥‥なに?」
「大統領は死ぬ覚悟はできてるということで見捨てられても、
 民間人の少女ではそういうわけにはいくまい。
 いかんせん条件はマスコミを集めてもらうという事だけ。
 これなら奴らも要求をのまざるをえんだろう‥‥と、思う‥‥」
「なるほどな‥‥それでいこう」
アルバンスは即決した。
「あまりこういう方法は‥‥取りたくはなかったんだがな」
「マッジオ、俺たちにはもう手段を選んでる余裕はねえ」
鋭い眼光。アルバンスに迷いはなかった。

(ぐ‥‥‥‥!)
にじむ冷や汗。
平坂雪絵はかつてないピンチを迎えていた。
(おトイレ‥‥行きたい‥‥!)
自分たちを見張っている二人の方を見る。
小太りの男、そして少年。手には銃を構え、こちらを見ている。
(おトイレに行くの‥‥許して‥‥くれるかな‥‥?)
「ダメだ」と言われて額を撃ち抜かれるシーンが頭をよぎる。
(いや、まさか、撃ったりまではしないよね‥‥?)
さんざん迷ったが、そろそろ我慢も限界にきていた。
雪絵はついに決心した。
「あ、あのぉ‥‥」
席からゆっくり立ち上がる。
「!」
銃を向け、かなり警戒する見張りの男たち。
(が‥‥がんばれッ、私ッ!!)
雪絵は勇気をふりしぼって言った。
「ワタシ・トイレ・イキタイ‥‥OK?」
絶対通じるわけがない言葉だったが顔面蒼白で震えながら訴える雪絵に
見張りたちは『それとなく』事情を察した。
少年の方の見張り、ロネが雪絵の後ろにつく。
どうやらトイレに行くのを許してもらえたようだ。
(よ、よかったぁ‥‥!)
雪絵はゆっくり歩き始めた。ロネもそれについていく。
そんな2人を苦笑しながら見送るチュン。そしてゴードンの方に向き直る。


視界全域を覆いつくす"手"。
それが、チュンの見た人生最後の光景だった。


用をすませ、手を洗う雪絵。
(くっ‥‥トイレに行くだけでなんでこんなに苦労しなきゃなんないのよっ‥‥!)
個室の外にでればまた見張りの少年がいるのだろう。
(ああ‥‥やだな‥‥本当にあたし、どうなっちゃうんだろう‥‥)
手洗い場から出る雪絵。
見張りの少年はいなかった。
「え、あの子どこ行っ‥‥」

突如、機内全体に音楽が流れ始めた。

バロック世代のものであろうか。中世ヨーロッパの舞踏会を思わせるクラシカルな演奏が全てのスピーカーから大音響でとめどなくあふれ出す。

「一体何事だ!?」
「ステレオの設備は‥‥多分操縦席の方だ!」
弦楽器のアンサンブルが奏でられる中、操縦席へとたどり着く2人。
「!!!!!」
絶句するアルバンスとマッジオ。
操縦席の床に無造作に転がされた、2つの死体。
「チュン‥‥ロネ‥‥‥‥!」
その光景から、目をそらすことができなかった。
首をへし折られて横たわるロネ。
赤い粘液にまみれ、顔面が無残に破砕しているチュン。

突然1人にされ、さらに突然鳴り出した音楽に、雪絵は不安感を一層募らせた。
(い、いったいぜんたいどうなってんのよーっ!?)
この機に逃げようと思ったが、搭乗口にはアフロ巨人が陣取っている。
彼もかなり動揺しているようだったがその場を離れる様子はなかった。
仕方なく元の席に戻る雪絵。
そこには依然かわらず、ゴードン大統領が座っていた。
「あの‥‥見張りの人‥‥」
「いなくなったみたいだな‥‥」


風に乗って聞こえてくる、ヴァイオリンの調べにキルマーは溜息をついた。
「お戯れを‥‥」


「なぜ見張りをしていた2人がここに!?機内にまだゴードンの用心棒がいたのか!?
 チュンのこの顔の有様はなんなんだ!?どんな武器を使ったんだァッ!?」
疑問をまくしたてるアルバンス。
「いや‥‥機内はすでに徹底的に探したが他にはもう誰もいなかった。
 そしてこの傷‥‥」
冷静に死体の傷跡を見るマッジオ。
ロネの首にハッキリと残った太い指の跡。
チュンの顔面の端々に残る爪の跡。
「答えは1つだ‥‥」
マッジオは結論を述べた。
「"奴"が、"素手"で、やったんだ‥‥‥‥」

ふと、ゴードンの方を見やる雪絵。
「あの‥‥それ‥‥」
「?」
今まで、行動らしい行動を起こさなかったゴードンが、濡れ布巾で自分の両手を拭いていた。
「そのおしぼり‥‥」
「食事の用意などをする『ギャレー』から取ってきたんだ」
「‥‥‥‥」
布巾は、目にみえて赤く染まっていた。
「手‥‥どうかされたんですか‥‥?」
「フルーツをね、かじってきたのだよ」


 


第10話に続く
第8話に戻る
図書館に戻る