大統領ゴライアス・ゴードン

10


循環するヴァイオリンの旋律が機内を駆け巡る。

「のどが渇かないかね?」
大統領が立ち上がった。
突然の行動に驚きそして、やはりデカい、と雪絵は思った。2mはあるだろう。
「何か持ってこよう」
「は、はい‥‥じゃなくって、え、あ、いや、私も一緒に‥‥」
「君はここにいた方がいい」
人差し指が雪絵の鼻先にビシッと突きつけられる。
「いいね?」
自分をまっすぐ射抜く視線。
「は、はひ‥‥」
逆らえるわけがなかった。

ホッと息をつく雪絵。
「気難しい人かと思ってたけど、大統領けっこういい人じゃん‥‥」
ついた息がまた止まった。
ゴードンと入れ替わったかのように、そこには目を血走らせたアルバンスと、
マッジオがいた。
(ひ、ひぇぇぇっ‥‥さっきの怖い人だぁぁ‥‥!)

「ち、畜生‥‥!やっぱりいねえぇぇ!!」
「落ち着け!非常口も破られてはいなかった。奴はまだ機内にいる!」
「おいてめえッ!奴はどこへ行ったァーッ!?」
アルバンスが少女の胸倉をつかんで詰問するも、怯える少女からは
「GU・GURUGY‥‥!」「IJIMENEY・DEKERO!」等、意味不明の言葉が出るばかり。
「くそ‥‥!」
「ここはバンハイと合流しよう‥‥」
搭乗口へと駆け出すマッジオ。
「チッ‥‥!」
アルバンスもそれに続いた。
「それにしても‥‥耳障りな曲だぜ‥‥!」

搭乗口。
「いってくるぜ。ロネとチュンの仇は‥‥俺が取るぜ‥‥!!」
銃を構えるバンハイ。
作戦は即、決まった。
3人の中で一番戦力的に劣るマッジオが搭乗口を見張り、アルバンスとバンハイがそれぞれ機内のどこかにいる『獲物』を探す。
「念をおしとくが、本当に殺しちまっていいんだな?」
「ああ、人質には少女を使う。
 しかし油断するな。奴は武器を拾って身に付けているかもしれん。
 それにこっちはすでに2人殺されてるんだ」
マッジオが注意を促す。
笑うバンハイ。長いマツゲが揺れる。アフロも揺れる。
「それじゃ向こうも殺人犯じゃねぇか。警察に言うか?」
「ジョークを言ってる場合か。法はもう俺たちを守ってくれやしない」

プレジデントルームや会議室を見に行ったアルバンスに対し、バンハイは機底部を探索する為、階段を降りた。
警戒しつつ、一歩一歩、進む。
薄暗い廊下に、扉が並ぶ。貨物室、起動部、給水室、ワインセラーetc‥‥
「ワインセラーまであるのかよ。さすが大統領専用機‥‥」
突如飛んできたワインの瓶が、バンハイの銃を直撃した。
「!?」
5、6m離れた向こうに『標的』が立っていた。
全身を覆う黒衣に、機械のような鋭く、冷たい目。
(い、いつのまに?‥‥銃が濡れちまった‥‥!)
チラリとゴードンの両手を見る。
武器らしい物は持っていない。
しかし服のどこかに隠し持っているかもしれない。
瞬時にバンハイは、武器を「自分の肉体」に切り替えた。
ボクシング世界ランカーのステータスが彼をそうさせた。
(武器を取るヒマはあたえねぇ!)
猛然とダッシュし、ゴードンの水月にボディブローをえぐりこませる。
2mを越える巨漢の本気のパンチ。
さらにアゴに狙いを定め左アッパーを叩き込む。
ここまで決まれば後は必殺の一撃を放つのみ。
右の拳を構え大きく振りかぶり、
「スマァァァーーーーーッシュ!」
捻りを利かせたストレートがゴードンのアゴにクリーンヒットした。
「‥‥決まったぜ!!」
勝利を確信したバンハイ。口元にムフリ笑みが浮かぶ。
今までこのコンビネーションを喰らった相手は必ずキャンバスに沈んだ。
まさか即反撃が来るとは。
その水月にボディーブローが叩き込まれるとは。
「!?」
体が「く」の字に曲がる。
内臓破裂。続けてその首に左アッパー。
「!??」
飛び散る歯。
頚椎破損。そして顔面へのストレート。
「!‥‥‥‥」
頭蓋粉砕。


「お待たせした」
ワインの瓶とグラスを、トレーに載せて帰ってきた大統領。
「あ、あのさっきハイジャックの、ひ、人たちが‥‥!」
「これを飲んで落ち着くといい」
ぽん、と小気味良い音を立ててコルク栓が抜ける。
(?‥‥コルクって、手で抜けるものなの‥‥?)
「フランス製の最高級品だ。温度管理もきちんとされている」
2つのグラスに赤透明の澄んだ液体が注がれる。
グラスを受け取る雪絵。
ゴードンもグラスを取る。
「乾杯」
「か、乾杯‥‥」
ちん、と音を立てて合わさるグラス。
雪絵は軽く口を付けた。顔が歪む。
(に、苦ぁ〜〜っ‥‥で、でもなんか「高級」な苦さというか‥‥)
酒に慣れていない雪絵には少々クセの強い甘さだった。
その様子を眺めるゴードン。
「‥‥どうやら君には少し、早すぎたようだね」
無表情は相変わらずだったが、心なしか雪絵の反応を楽しんでいるかのようにも見えた。
「他に何か、食べたい物とかはあるかね?」
「え‥‥?」
延々と流れ続ける輪舞曲(ロンド)。そしてほのかに漂う葡萄の芳香に、
あたかも雪絵は一瞬、高級レストランにいるような錯覚にとらわれた。
「な、なんか、ステーキとか出てきそうな雰囲気ですね!?
 やっぱり大統領にもなると機内食にステーキが出たりするんですか?」
「肉はやめておいたほうがいい。ここのはあまりうまくない」


 


第11話に続く
第9話に戻る
図書館に戻る