大統領ゴライアス・ゴードン

12


アルバンスに同意したものの、マッジオは合点がいかなかった。
自分たちは一体なんの為にここまでしてきたのか。
ゴードンの悪事を暴き、失脚させる為だ。
バンハイやチュン、ロネを失ったのは確かに大きな悲しみだ。
しかしここで一時の感情にかられていいものか。
この機に人質の少女に逃げられでもしたらさらなる痛手だ。
「なぁアル‥‥」
「気を抜くんじゃねぇ!」
「う‥‥」
思わず周囲を見回す。
すぐそばの座席や柱の陰にも『標的』が潜んでいるやもしれない。
マッジオはどこに猛獣が潜んでいるか知れないジャングルを歩いてるような恐怖にかられた。
ここで唯一の仲間であるアルバンスと分かれる事などできない。
もう彼らは後戻りなどできなかった。
2人の心境とは裏腹に、機内には優雅な舞曲がひきつづき奏でられていた。

ギャレー(機内食の準備等をする場所)にたどりついた2人。
通常機内食は仕出しの物を使用するが、ここは規模が大きいせいか、ちょっとした厨房もあった。
10m四方くらいの広さに、幾つかの調理台が並ぶ。
掃除されてまだ使用されてないのか、洗剤の匂いが漂っていた。
油断無く見回すアルバンス。
「誰か来た跡があるぞ‥‥」
かなり大きめの冷蔵庫の扉が開いていた。
「ここから食料を調達してたか‥‥?」

『パキリ』

「?」
マッジオはかすかな音のした『上』の方を見上げた。

そこには当の『標的』がいた。

天井に。
逆さの状態で、まるでそこが床かのように両手両足が天井に張り付いていた。
長い黒服の裾が垂れ、その様はまるで巨大なコウモリだった。
「〜〜〜〜!!」
異様な光景に声が声にならないマッジオ。
アルバンスは冷蔵庫を調べてて気づいていない。
そして『標的』の目とマッジオの目とが合った。
「!!!」

人間の目ではない。
自分の巣にかかった獲物に猛突進する大蜘蛛の目。

腕が伸びてくる!
それは毒液を垂らした牙にも似て‥‥

「うああああああぁーーーーーーっ!!!」
マッジオは機関銃を構えた。


つんざくようなシンバルの打唱音が、セレナーデに華を添える。


「本当に天井にいたのか!?」
「はぁ‥‥はぁッ‥‥ああ‥‥今は調理台のどれかに隠れているはずだ‥‥!」
「大丈夫か?」
「ああ、奴の手が‥‥少し頭をかすっただけだ‥‥」
顔が真っ青になっているマッジオ。
相棒の発砲に肝をつぶしたアルバンス。しかしすぐに警戒態勢に入る。
「スパイダー・マンか、あいつはよォ‥‥!」
悪態をつきつつも、『標的』がいた辺りの天井を見る。
コンクリートとおぼしき素材に、小さくポツポツと並んだ5つの穴。
「マッジオ、あの穴は‥‥?」
「つまり‥‥五本の指を‥‥突き刺して天井に‥‥」
アルバンスはもうそれ以上聞きたくなかった。
「バ‥‥バケモノ‥‥め‥‥!」
タラリ、とマッジオの額から頬にかけて、生暖かい物が伝った。
冷や汗にしては流れるのが早い。
指でぬぐってみる。
「!」
まぎれもない、自分の血。‥‥チュンの死に様が頭をよぎった。


 


第13話に続く
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