大統領ゴライアス・ゴードン
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| マッジオは目の前に並んだ調理台群を見渡す。 どこだ?どこに潜んでいる? 右か?左か?手前か?奥か? それともまた‥‥上か!? ハッとしてマッジオは天井に目を走らせる。‥‥いない。 すぐさま横を見回す!いつ回りこんで襲ってくるやしれない。 ‥‥こないようだと知るや調理台群を見渡す。どれに潜んでるのかわからない。 そしてまた視線を天井に‥‥ 「ア、アル‥‥」 「どうした!?周りを見張れぇっ!」 マッジオの顔は明らかに恐怖で震えていた。 「私は‥‥チュンやロネみたいになりたくない‥‥死にたくない‥‥!」 「‥‥‥‥!」 怒りを胸に秘めているのは自分だけではない、国を愛する気持ちは我々も一緒だと、この計画に加わったのではなかったか? 「空港のロビーで、俺に言った言葉は嘘だったのか?」 「‥‥国は愛している‥‥みんなの仇は討ちたい‥‥ 命を捨てる覚悟はできていた‥‥だが、怖いものは怖いんだ!」 マッジオはしゃがみこみ、顔を手で覆った。 「私は‥‥ゴードンが怖い‥‥!」 「‥‥‥‥。」 死ぬ覚悟のできていた者に、なお恐怖を与えられる男‥‥ アルバンスは懐からタバコを取り出し、くわえて火をつけた。 「‥‥?」 大型拳銃を構えなおす。 「俺が囮になる。そこをグルッと回ってくる。奴が出てきたら後方支援頼むわ」 「おい待ってくれ!?そんないきなり‥‥」 「マッジオ」 アルバンスはまっすぐ親友の目を見た。 「あんたのいい所は正直な事だ。自分に正直だ。実を言うとな‥‥」 ふと、いたずらっぽく微笑んだ。 「俺も、ゴードンが、怖い」 「‥‥‥‥!?」 「だがな、思い出せ、自分の故郷の事を。自分の大切な人たちがどんな目に会ったか。 死ぬ事より怖い事がある‥‥お前は知ってるはずだ」 「‥‥‥‥!」 「じゃ、頼むぜ、自称『クールガイ』」 親友を大学時代のあだ名で呼んだ後、そそくさと他の調理台を回ろうとしたその時、 「!!!」 一番遠くの調理台の向こうに、『標的』は立っていた。 「ゴ‥‥ゴォォードォォォォンッ!!!」 アルバンスが発砲するより早く、『標的』はジャンプした。 助走なし。しかし超人的な跳躍が一路、拳銃より危険な武器を持った臆病者を目指す。 (!‥‥故郷‥‥家族‥‥みんな‥‥) マッジオの目が、『ハンター』の物に変わった。 (奴に‥‥踏みにじられてきた誇りを‥‥取り戻す!) 空中の標的に対し、機関銃の引き金を引いた。 溢れ出る嵐弾。グングン上がっていく角度の、さらに上の軌道上を『標的』はたどってゆく。 (この銃は当たらない!) 突如、マッジオは機関銃を捨てた。 そこを『標的』が一気に踏みつける。が、一瞬早く武器を捨てていたマッジオは身を翻し、その標的の体にしがみ付いた。 そこにアルバンスが狙いを定めようとした瞬間、顔に小ビンが飛んできた。 瓶が砕け、微粉末が飛び交い、目と鼻腔に刺激が走る。 「コ、コショウ‥‥!?」 標的は次に自分にしがみついているマッジオの頭を鷲づかみにした。 しかしマッジオの顔には笑みが浮かんでいた。 「勝ったと思うのはまだ早いぜ‥‥アルにも内緒の切り札だ‥‥」 「‥‥?」 死を覚悟した、笑み。 「貴様のようなバケモノにはこのぐらいやらなくちゃな。『クールガイ』マッジオを 舐めんなよ、大統領」 その手にはピンの抜かれた手榴弾が握られていた。 爆音。 機内を駆け巡っていた旋律にノイズが走る。 大統領専用機が激震する。 「じ、じ、じじ、地震っ!?」 突然の轟音と揺れに雪絵もさすがに異常を感じた。 座席にしがみついてやり過ごす。 「な、なんでハイジャックされた上に地震までカッ食らわなくちゃいけないのよぅ‥‥ というかこんな時どうすればいいわけ!?」 地震が来たら安全な所に逃げる。しかし今はハイジャックに人質にされてる身。 下手に逃げれば撃たれるかもしれない。 「う〜ん‥‥‥‥うん、余震がきたら逃げよう」 それでいいのか。 「‥‥大丈夫だったかね?」 「大統領‥‥!?」 ゴードンの声に安心して振り向き、そしてその姿に息をのんだ。 ダークスーツは所々ほつれ、ポマードで固められていたブロンドの髪はやや乱れ、前髪が垂れていた。 しかしすすだらけの顔は依然、平静を保ったままだった。 「なにか‥‥あったんですか!?」 「おつまみなんだが、もう少し時間がかかりそうだ‥‥」 「え‥‥?」 「イキのいい魚をみつけたんだが、小骨を取り除くのに手間取ってね‥‥」 「(レンジでも爆発したのかな‥‥?)た、大変そうですね‥‥ あの‥‥よかったら手伝いましょうか?」 「いやけっこう、君には扱いが難しい。ちょっとね、コツがいるんだ」 『ゴードン‥‥』 (!!‥‥ひ、ひ、ひぇぇぇぇぇ〜〜〜っ!?) 雪絵の表情が凍てつく。 アルバンスが、大型拳銃を手に立っていた。 全身からの流血が衣服を赤茶色に染めつつも、その野獣のような眼光は全く衰えを見せない。 むしろ今、最高の輝き、殺気、狂気を帯びていた。 「この距離なら‥‥はずさねぇ‥‥!」 銃口は今、ゴードンの頭に狙いをさだめていた。 オーケストラ全ての管弦楽器・打楽器が総出で奏でられる。 多少のノイズを織り交ぜつつ、交響曲(シンフォニー)が機内を巡りめぐっていた。 |
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