〜炎の城〜

9 「笑わせねぇ」


海を一望できるレストラン。
雪絵はミューと共に食事を堪能していた。
一流のロケーション。
一流シェフの作ったランチコース。
一流のサービス。
雪絵は大満足していた。していたのだが‥‥‥
「お、おかしい‥‥‥」
不安げに雪絵はつぶやいた。
「どうかなさいましたの?」
「考えられないわ。この私がこんなに平和なひと時を過ごせるなんて‥‥‥」
キョロキョロと辺りを見回す。
「‥‥‥?」
「普通ならさ、ここらへんでレストランが火事になったり、ダンプカーが店内に突っ込んで
 きたり、突然ヤクザの抗争が始まったりするのに‥‥‥」
「いやそれ全然普通じゃないわよ」
「私はそれが普通だったのッ!」
「あなた‥‥‥みかけによらずけっこうハードな人生歩んでますのね‥‥‥」
「おかしいわ‥‥‥絶対この分のシッペ返しがきそうな気がする‥‥‥!」
「はぁ‥‥‥きっと考えすぎですわ」
ふとボーイの1人がやってきて、ミューに耳打ちした。
「ん‥‥‥わかったわ」
ミューが席から立った。
「ヒラサカ様、ちょっと一緒に来てくださる?」
「え?」
「タワーに不審者がいるみたいですの。そこへ行きたいんですけど、あなたをほったらかしにしたらキル爺になんて言われるかわかりゃしませんから」

ライトタワー最上部30階から、渡り廊下でセントラルタワーへと行くミューと雪絵。
「25階か‥‥‥おおかたタチの悪い酔っ払いか何かですわ」
「でもなんでミューさんが行くんですか?」
ミューはクスリ、と笑った。
「私、実はこう見えてもここの私設護衛団『ガーディアンズ』の一員ですの」
「そうだったんですか‥‥‥(それで剣とか持ってたんだ‥‥‥)」
「フフ、意外だったでしょう?」
「いいえ全然。適任かと」
「あン?」
「い、いいいえ意外でしたぁー!私ビックリしちゃいましたぁぁぁ!!」
「そうでしょう?‥‥‥それもこれも全てはゴードン様の為ですわ‥‥‥」
「ゴードン大統領ですか‥‥‥」
胸に手をあて、熱っぽく語り出すミュー。
「そう。このゴライアス・ガーデンはいわばゴードン様の花園‥‥‥
 ガーデンを不埒な虫ケラ共から死守するのが私の『使命』ですの‥‥‥」
完全に自分の世界に入っているようだ。
「あのぅ‥‥‥」
「ああゴードン様‥‥‥おそばについてあげられないこの身分が恨めしゅう
 ございますわ‥‥‥せめてゴードン様のお膝元であるこのゴライアス・ガーデンを
 この命賭してお守りいたしますの‥‥‥愛しい思いをただただ込めて‥‥‥
 って、ホホホホ何言わせますのヒラサカ様ったらイヤですわッ☆」
照れ隠しに雪絵をサーベルで突くミュー。
「あ゛ーーー!?」
咄嗟にかわす事ができた雪絵。かわせなかったら頭を貫かれていた。
(ミ、ミューさん、ゴードン大統領の事すごく好きなんだな‥‥‥)


修羅場と化していた25F大廊下。
「やれやれ、こいつは一本取られたな‥‥‥」
グラス兄弟から大きく間合いを取る。レシェフは前に手をかざした。
「少し、おどかしてやるか」
その手に『炎』が宿った。
「『クリーピングレッド』!‥‥‥さぁどうする?」
その炎を地面に解き放った。炎の塊が絨緞に焦げ跡を残しつつ直進する。
「ほ、炎!?」「おちつけ」
予想外の攻撃に動揺するレッドグラスに対し、冷静なブラックグラス。
「兄者‥‥‥」
「奴はあれほどの炎を作り出す火器らしいものは持っていない。とすれば‥‥‥
 あれはおそらく『幻術』。まやかしの炎だ」
「げ、幻術だって!?」
「何も恐れる事はない。まっすぐ進むぞ」
「わかった」
向かってくる炎に対し、真っ向から直進するグラス兄弟。

そして燃えた。

「あああリアルに熱いぞ兄者ァ!これ絶対幻違うって!」
燃えるグラス兄弟。
「おちつけ弟よ!必殺『グラススピン』だ!」
「お、おうっ!」
お互い正面からガッチリと組み合う。
「グラァーース!」「スピィーーンッ!!」
竜巻のごとく高速回転することで炎を振り払ったグラス兄弟。
肩で息をつく。
「ハァ、ハァ‥‥‥危うく死ぬとこだったぞ兄者ァ!」
「おそるべしアラビアンマジック‥‥‥どうやら本格的な炎魔法らしいな!
 きっとあいつ空飛ぶ絨緞とか使うぞ!」
「何が魔法だよ、もっと現実的な解析してくれよ」
「何ィ!?てめー俺の言う事が信用できないというのか!?」
「できないね。兄者てば1999年の7月の間ずっと『絶対世界が滅びる』って言って
 乾パンとポカリスエットどっさり買い込んでマンホールの中に隠れてたクチじゃん」
「またその話かよ!しょうがねぇだろ!あの時は本当に滅びると思ったんだよ!」
「だいたい兄者の話はいつも胡散臭いんだよ。やれコンブが空を飛ぶだの、
 この世にはもう一つの夢の世界があるだの‥‥‥」
「なななッ!?てめー弟コノヤロー、スカイフィッシュはまだ許せるが、
 ネバーランドを馬鹿にする事はいくら弟でも許さんぞ!?
 あれは世界のどこかにきっとあるんだ!」
「兄者さぁ、今年で俺たち30だぜ?大人になろうよ?
 いいトシこいて『いつかきっとネバーランドへ行く』?笑っちゃうよ」
「!‥‥‥たとえ弟でも‥‥‥この夢だけは笑わせねぇぇぇーーッ!!!」

怒りのブラックナックルが炸裂した。赤いサングラスが砕け散る。

「!?‥‥‥‥‥‥殴ったね?」(ゴゴゴゴゴ‥‥‥!)
「‥‥‥殴っちゃ悪いか?」(ゴゴゴゴゴ‥‥‥!)
2人のコンビネーションに乱れが生じたのを見逃すレシェフではなかった。
というかどちらかというと「そろそろ攻撃するか」という感じだった。
2人の間を一陣の風が突き抜ける。
「ん?今‥‥‥」「誰か‥‥‥?」
次の瞬間、2人は炎上した。
「ギャアアア!?」「熱ゥゥゥゥ!?」
ダウンする2人の方を見向きもしないレシェフ。
「『ヴァーミリオンスラッシュ』。時間の無駄だったな‥‥‥」


 


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