〜炎の城〜
12 「レシェフvs雪絵」
| 観光客や仕事に追われる事務員で賑わうゴライアス・ガーデンのエントランス。 25F大廊下で死闘が繰り広げられている事など、彼らは知らない。 力なく、這いつくばりながらミューは言った。 「ただの気まぐれだったかもしれねぇ‥‥‥ 単に自分の手足となる兵隊が欲しかっただけだったかもしれねぇ‥‥‥ たとえ‥‥‥実は全てが陰謀で、私を襲った奴らが あのお方の差し金だったとしても‥‥‥私はかまやしない‥‥‥」 「???」 「ヘヘ‥‥‥案外‥‥‥たまたまテレビで 『クリスマスは世界中の子供たちが祝福される日です』とか やってるのを見たから、だったりしてな‥‥‥」 ミューは、笑っていた。 「でもそんな事はどうでもいいんだ。あのぬくもりは‥‥‥本物だったから‥‥‥」 その声がだんだんかすれてきた。 「あの人が『命』を与えてくれたんだ‥‥‥ 私の人生はあの日から始まったんだ‥‥‥だから私は‥‥‥ あの人の為に戦える‥‥‥どんな事だって‥‥‥‥できるん‥‥‥だ‥‥‥」 ミューは沈黙した。 「‥‥‥。」 サーベルを手に、ミューを見下ろすレシェフ。 「ゴードンとは一体何者なのだ? 弱者を食い物にする小悪党なのか、それとも‥‥‥」 そしてサーベルを構えた。 「"力"に振り回された、あわれな娘よ。 もうこれ以上血塗られた世界で生きるのは我らの為に、そしてお前の為にもならん‥‥‥とどめを刺してやる」 「ま、待ったぁぁーっ!」 「!?」 レシェフにむかい、拳銃を構える雪絵。倒れていたガードマンから拝借したらしい。 「お、おおお脅しじゃないですよお?ミ、ミューさん刺したら、ううう撃ちますおお?」 歯がカチカチ鳴っている。拳銃を持った両手も震え、膝も笑いっぱなし。 「お嬢さん‥‥‥ひとつ言っておこう」 レシェフは凛と見据えた。 「その引き金を引いた瞬間‥‥‥私は君を『敵』とみなす」 「い!?」 「私にそんなオモチャは通用しない。私にむけて銃を撃った瞬間、私は君の首を へし折っているだろう」 「そ、そんな‥‥‥そ、それにミ、ミューさんは女の子ですよお!?」 「死闘に男女の差はない。君はメスのライオンに襲われたらただ黙って喰われるのか?」 「で、でも!でも‥‥‥!」 「無駄な事はやめておけ。これはそもそも生死を賭けた勝負。彼女は負けて、死ぬ。 それだけの事だ‥‥‥」 「で、でもぉ‥‥‥ひ、人殺しはよくないですよぉ!」 「!」 レシェフは声を荒げた。 「戦場を体験した事もなく!血を浴びた事もない餓鬼が知ったふうな事をほざくな!!」 「ひぃぃ‥‥‥!」 完全に萎縮している雪絵。 「‥‥‥死にたくなければそこでおとなしくしていろ。お前ではどうすることもできんのだ。 誰も、お前を責めたりはしないだろう」 「!‥‥‥」 涙に濡れながら銃を構える雪絵に、レシェフは背を向けた。 少女は拳銃を撃たないと確信したからだ。 この娘は引き金を引くまい。 うす甘い平和な世界で育ったのであろう娘。 「何もしなくても」生きてこれた輩は、自分を犠牲にして「何かをする」よりは、 結局己の保身の為に「何もしない」という選択肢を選ぶだろう。 そういうものだ‥‥‥ 25F大廊下に一発の銃声が轟いた。 「!?」 レシェフは雪絵を見た。 雪絵の手に持った拳銃から紫煙があがっている。 そして銃口は上へ向けられていた。 「なんの‥‥‥マネだ?」 レシェフは無傷。 「だって‥‥‥」 泣きそうな顔でレシェフを見返す雪絵。 「あなたに向けて撃ったら‥‥‥私を殺すんでしょ?」 「そうだ」 「撃たなかったら‥‥‥ミューさんを殺すんでしょ?」 「‥‥‥そうだ」 「だから‥‥‥上へ撃ったら‥‥‥」 「‥‥‥なんだ?」 「ビックリして‥‥‥逃げて‥‥‥くれるかなって‥‥‥うぅぅ‥‥‥」 雪絵はその場にしゃがみこんで泣き出してしまった。 「うえぇぇ〜〜〜〜〜〜〜〜ん!!!!!」 「‥‥‥‥‥‥。」 レシェフは怒るのを通り越して呆れるのをさらに通り越し、ふと考えてしまった。 私とこの娘‥‥‥いったいどっちが"正常"なのだろうか? 「泣くな」 雪絵をかけたその声は優しかった。 「とどめは刺さないでおいてやる」 「‥‥‥え?」 「しかし娘よ。今日という日を決して忘れるな。 自分の取った行動がどういう結果を招くのか最後まで見つめろ。 その結果でわかる‥‥‥」 「‥‥‥?」 「私とお前、どちらが正しかったか、がな‥‥‥」 レシェフは大廊下を後にした。 「と、とにかく‥‥‥助かった‥‥‥の?」 全身の力が抜ける雪絵。 「見事な‥‥‥」「お手前でした‥‥‥」 振り向くといつのまにかグラス兄弟が傷ついた体をおして来ていた。 「どなたか存じませぬがミュー様に代わり」「感謝いたします」 「い、いえ!そんな‥‥‥」 「しかしまだミュー様は危険な状態」「早くお手当てを‥‥‥」 「そ、そうですね!」 ミューを助けにいこうとしたその時、 『ブチブチブチブチ!』 音のした上の方を見ると、大きなシャンデリアを吊るしているチェーンがみるみるほつれていた。 どうやらさっき雪絵の撃った弾が、吊るし金具に当たっていたらしい。 拘束を失ったシャンデリアがそのまま床に落下するのを、雪絵たちは見てるしかなかった。 そして派手な音を立てて砕けたシャンデリアから、ミューの手が覗いているのに気づいた。 「キャアアアアミューさぁーーーんッ!?」 「うわぁモロ下敷き‥‥‥」「ありゃイッたかも‥‥‥」 「あ゛ーーー私のせい?私のせいなのーーーッ!?」 「おちついてください」「これは不幸な事故でございます」 「ここは歴史を丸く治める為」「あの男がやった事にしときましょう」 |
| 第13話に続く |
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