〜炎の城〜

「"ORGEL"」I


「せっかくのクリスマスだ。ケーキ食おうぜ」
雪の降る12月24日の夜。子供たちは薄暗い路地裏に集まっていた。

ガイア共和国首都ヘブンズヒル。
片田舎然としていたその町は数年前から開発が進み、着々と近代都市化していた。
しかし同時に治安も悪くなり犯罪も多発するようになった。
コンクリートジャングルが増えるごとに死角が増える。
そんな路地裏には、ガイアの経済成長から弾き出された者達がたむろするようになった。

「ケーキ屋からスカしたスーツ着たオヤジが出てきたら、いくぜ」
年の幅は6〜15才ぐらいであろう子供たちのグループの中心で、その少女は言った。
最年長ではないようだ。どうみても10才くらい。
ゴミ捨て場で拾ったボロボロのジャンパーに、裾のほつれきったGパン。
ブロンドの髪はボサボサで乱雑にちぢれていた。
顔立ちは可愛い方だったが、その目は荒みきっていた。
洋菓子屋の角で張り込む。他の少年たちはその周辺をウロウロしている。
「寒ィなぁ‥‥」
少女はぼやいたものの、カチカチ鳴りそうになる歯は食いしばって耐えた。

目の前に並ぶどの建物の中も暖房が行き届いているのだろう。
しかし自分達はその恩恵に預かれる事は無い。
近頃はゴードンとかいう上院議員が街の開発を進めているらしいが、自分達の生活が
良くなる事はないだろう。
自分達は、誰からも必要とされていない‥‥。

洋菓子屋に1人の恰幅のいい紳士が入っていった。
黒い立派なスーツに、リボンのかかった箱を持っていた。
「へへ、きたきた‥‥」
しばらくして、デコレーションケーキの入った箱とさっきから持っていた箱、2つを抱え、
紳士は出てきた。少女は後を追ってしばらく歩く。
しばらくして紳士は人気の少ない路地にさしかかった。
「‥‥いくぜ!」
少女の合図で子供たちは紳士めがけて一斉に飛びかかった。
一人一人がそれぞれ手足を抑えていく。
突然の事に狼狽する紳士。
叫ぼうとしたその瞬間、少女は紳士の股間を力いっぱい蹴り上げた。
「!!!」
続けてズボンのポケットに手を突っ込み、あらかじめ中に詰めていた砂を紳士の顔に浴びせる。
あとは全員で袋叩き。
1人の少年がケーキの箱を奪い、逃げ去る。
急所を蹴られ、目をつぶされ、無抵抗になった紳士から、子供たちは次々と物を剥ぎ取った。
背広、財布、腕時計、ベルトのバックルも引きちぎった。
首尾よく事が運んだのを確認し、少女もすぐにその場を去ろうとした。
その時、足元に紳士が元々持っていた箱が落ちているのを見つけた。
さっきの騒ぎでリボンはほどけ包装紙は破れ蓋が外れ、中身が顔を出していた。
「‥‥‥‥」

オルゴールがメロディを、淡々と奏でていた。

♪ ジングルベル ジングルベル 
  すずがなる  さぁさ いこ

「!‥‥‥」
オルゴールを箱ごと蹴飛ばした。なぜそうしたか自分でもわからない。
ただ、なんだか腹立たしかった。
うずくまる紳士の涙ながらの嗚咽を背に、少女はその場を後にした。


少女は親の顔は知らない。ただ、いい思い出がなかったのだけは覚えてる。
捨てられたか、それとも自分から出て行ったか。
よく覚えてないが、物心ついた時にはヘブンズヒルのスラムにいた。

少女は強かった。
力はさすがに大人の男にはおよばないものの、"喧嘩のセンス"はあった。
そのおかげで不良少年たちのリーダーとなり、ヘブンズヒルの路地裏生活で糊口をしのいでいた。

あらかじめ示し合わせておいた場所に集まり、そこで奪ったケーキをみんなで手づかみで食った。
やたらボリュームのあった生クリームの甘さに舌鼓を打ちつつ、少女は奪った金や貴金属の
山分けもした。
予想以上の成果だった。たくさんの札に高級な腕時計‥‥。
ご機嫌な仲間たちをよそに、ふと、少女はあのオルゴールのメロディを思い出した。
(‥‥‥‥。)
なぜだかわからないが、いっぺんに気分が悪くなった。
急にイライラしてきた。なにかスカッとする事がしたい。
「‥‥もう一回やるぞ」
少女の言葉に場はシーンとなった。今日はもう十分に稼いだからだ。
しかし反対する者はいなかった。
少女に逆らえる者などいるはずがなかった。

大分夜が更けてきた。人通りも少なくなってきた。
広い通りだったが、車は全然通らない。
少女は獲物が来るのを待った。
はっきりいって金持ちだろうが貧乏人だろうが誰でもよかった。
振り続ける雪。靴の裏に雪がしみ込んで気持ち悪いのはいつもの事だから我慢した。
大して待つでもなく、獲物が姿を現した。
背の高い紳士。帽子を目深にかぶっていて顔はよく見えないが、立派なスーツを着ていた。
上物だ、と少女は思った。
なんでもない素振りで、少女は紳士の方へ歩いていった。他の子供たちも次々と紳士へと
接近していく。
「やれ!」
少女の合図で子供たちは手はずどおり一斉に飛びかかった。
いつもどおりの手はず。
しかし今回は勝手が違った。
「クックック‥‥」
紳士は笑っていた。
「久しぶりだなァ、お嬢ちゃん‥‥俺の顔、覚えてるかい?
 こないだお嬢ちゃんたちに身ぐるみ剥がされたおじさんだよ‥‥!」
帽子の下のその顔に少女は覚えはなかった。獲物の顔などいちいち覚えていない。
「俺は囮だよ、オ・ト・リ。今日はたくさん友達を連れてきたぜェ‥‥!」
少女が気がついた時はもう遅かった。
周囲を自分達と同じくらいの数のゴロツキが薄ら笑いを浮かべながら囲んでいた。
子供たちの顔にも動揺が走る。
「随分探したぜ?こないだのお返し、たっぷりとさせてもらうぜェ‥‥!」
言うが速いか大人たちは一斉に少女1人をめがけ、かかってきた。
他の子供たちは、少女をおいてみんな逃げ去った。

大人と喧嘩した事はあるが、多人数を相手にした事はない。
いつも大人を袋叩きにしていたのが、今日は自分が袋叩きにされていた。
やばい。やばい。やばい。
羽交い絞めにされて腹を殴られる。
後頭部をつかまれて顔を壁に叩き付けられる。
髪を掴んで引きずり回される。
顔から地面に倒れこんだ。
慌てて亀のように体を丸める。
帽子男の固い革靴の爪先が脇腹をえぐった。
後は一斉に蹴られ、踏みつけられるのみ。
なるべく急所に当たらないよう身をよじったが、限度があった。


男たちが去った後、少女は雪と泥と血にまみれ、指一本動かせなかった。
骨折はしてないみたいだがヒビは入ったかもしれない。
涙と反吐にまみれた顔が雪にうずくまる。雪が赤く染まった。
脇腹が痛い。息を吸うと痛い。なんといっても頭が痛い。
頭の中がじんじんと傷む。痛いという事しか考えられない。

逃げたみんなは誰も助けに戻ってこない。
自分はあいつらからも必要とされてなかったのか‥‥

寒い。痛みはどんどんひどくなってくる。
(死ぬのかな‥‥)
死ぬのは怖くない。でも苦しいのは嫌だ。苦しんで死ぬのは嫌だ。
‥‥‥死にたくない。

誰も助けてくれない。でも自分でもどうすることもできない。
ドロリとした鼻血が詰まり、鼻で息もつらくなった。
のどを大きく開けて息を吸おうとすると脇腹がまた痛い。
涙が出る。咳き込む。
目の前の雪は真っ赤に溶けて泥も混じった。


最低の、クリスマスイブだった。


 


閑話 「"ORGEL"」Uに続く
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