『KILL-MAN』
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| 「これで、救われる‥‥‥」 依頼を引き受けてくれた男が去った後、不動産会社の元社長、クローネはつぶやいた。 憔悴しきった顔。そして‥‥‥涙。 「これであの娘の魂が救われる」 懐に手を入れる。 「私は天国(そちら)へは行けないけれど‥‥‥」 拳銃を取り出した。 「ふがいないパパを、許しておくれ‥‥‥」 銃筒を口に含む。 そして、一気に引き金を引いた。 「私は大いなる虹を掴んだ」 ジュリアス・ゴードンは太った体をガウンで包み、ワイングラスを傾けていた。 「ゴライアス、お前だ」 ジュリアスは自分の屋敷の同じ部屋でソファに腰掛けている息子に言った。 父親の言葉などそ知らぬ顔で本を読みふける青年ゴライアス。 2mはあろうかという体躯。ブロンドの髪。顎が長いが顔立ちは整っていた。 読んでいる本は学術書であろうか。かなりぶ厚い。 そんな息子の様子も気にした風もなく、ジュリアスは言葉を続ける。 「孤児院からお前を拾った私の目に狂いはなかった。 もうすぐ大学も卒業する。私はどれほど待ちわびた事か」 濁った瞳を爛々と輝かせる。 「ゴライアス。お前の力を思う存分に振るえ。ゴードン財閥の後継者程度で満足するな。 25歳になったら政界に進出させてやる。お前は支配者の器だ。 何をしたって良いのだ。邪魔する奴など踏みつぶせ。お前は強い。 お前は、帝王になる男なのだ。」 分厚い唇から吐息が漏れる。 「しかし忘れるな。それらはみな私の力あってのものだ。 ゴライアス、お前が世界のありとあらゆる学校に行き、帝王学を修める事ができたのも私のおかげだ。 学問、科学技術、芸術、武術、お前が望むあらゆる物を学ばせてやった。 お前はこの父の恩を決して忘れてはならない」 「‥‥‥わかっております、父上」 ゴライアスは、このガマガエルの様な醜い男が嫌いだった。 大実業家ジュリアス・ゴードン。金と欲望に全てを捧げた男。 その経営手腕は卓越しており、たった一代でゴードン財閥を叩き上げた。 彼はのし上がる為には手段は選ばなかった。 人としては最低だったが、事業に関しての嗅覚は人並みはずれて優れていた。 その嗅覚が彼と、孤児院で育てられていたゴライアス少年とを引き合わせた。 ゴライアスの才覚をいち早く見抜いた彼はすぐさま自分の養子にした。 妻子のいなかったジュリアスに家族間の問題は何もなかった。 (愛人と隠し子は山ほどいたが) そして養子ゴライアスの、大学の卒業を間近に控えている所だった‥‥‥ 「失礼いたします」 二人の前に突如、初老の男が現れた。 「!?」 全身を黒いスーツに包んだ紳士。片眼鏡にアゴヒゲを生やしたその顔に ジュリアスは覚えは無かった。 扉は閉まっている。にもかかわらずこの男はこの部屋に立っている。 「だ、誰だ貴様は!?外のガードマンは何をしている!?」 「みな睡眠薬入りの紅茶でグッスリ眠っているところです」 言うが早いか男の両手から細いワイヤーが伸びた。 金属製のそれはジュリアスの体に巻きつき、がんじがらめにする。 「な、なな!?」 ワイヤーを束ね、グイと締め上げる。 「イイ痛デェェェッッ!!?」 スマキ状態で転がる。もう身動きできなかった。 「か、金か?金ならやる!だから命だけは助けてくれ!な!」 「金ならすでに依頼人からいただいております」 「な‥‥‥き、貴様‥‥‥殺し屋か!?」 「察しがよろしい。あなた、クローネという不動産屋を倒産に追い込んだそうですな」 「!?」 「まあほかでも同じ様な事をしてきたそうですが、今回の場合、その後がよろしくない」 「な、なんの事だ!?」 「とぼけなさるな。あなた、彼の令嬢によからぬ事をしたそうじゃあありませんか?」 「う、あ、いや‥‥‥」 「父の不動産屋を助けると言って近づき、手ごめにしておいて約束をホゴになさったとか。 おかわいそうに。娘さんは自殺なさったそうです。クローネ氏はそれがどうしても我慢ならなかったそうです」 「そ、そんなもの、騙される奴が悪いんだッ!」 「なるほど、では今の場合『殺される奴が悪い』というわけですな?」 男は30cmはあろうかという鉄串を取り出した。 「!!!!‥‥‥ま、待ってくれ!私が悪かった!許してくれーッ!! ク、クローネに土地と金は全部返す!」 「ふむ、依頼人のリクエストどおり反省と恐怖する時間を与えました‥‥‥ では死んでください」 「うわああああ、あ?ゴ、ゴライアス!ゴライアス!私を助けろ!!」 ゴライアスは終始変わらず本を読みふけっていた。 「な、何をしている!?早く助けろ!頼むッッ!! こいつを片付けろッ、お前ならできる!!」 ゴライアスはまるでその言葉が聞こえていないかのようだった。 「!!?」 養子の意思を悟り、怒りと恐怖で顔が醜く歪みきるジュリアス。 「き、貴ッ様ァァァーーーーッ!!!お前を今まで育ててやったのは誰だと思っているぅ!? ゴライアァァーーースッ!!!」 「うるさいよ、お前」 ゴライアスは養父の方を見もせず言った。 「ア゜?」 ジュリアスの耳から耳へと、鉄串が貫通していた。 |
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