鉄の詩(くろがねのうた)
3
| 数年後−−− 出所してきたクロガネは、一文字幸四郎の屋敷を訪れた。 和風の厳格な構えに「何でも屋」という看板が掲げられていた。 門前では組長・一文字幸四郎が、子犬を抱いた少女を見送っているところだった。 鮮やかな紅葉をあしらった着流し姿で、少女に手を振っている。 「一文字のおじちゃん、ありがとう!」 少女は明るい笑顔で言った。 (迷子の犬探しを勤めた、ってところか‥‥相変わらずだよな) 丸いサングラスの向こうに見えた光景は、以前と微塵も変わってなかった。 「ああ、ちゃんとサクラバの面倒みてやるんだぞ」 「うん!」 一文字は少女と入れ替わりにやって来たクロガネに気づいた。 「‥‥忠義!」 「こーちゃん、ただいま」 庭園に面した、畳張りの和室で、2人は向かい合った。 真新しい香りのする畳の上に、どっかと腰を下ろす2人。 キセルをふかせる幸四郎。 「なんで知らせてくれなかったんだ?迎えにいったのによ」 クロガネは目の前の茶をすすった。 「迎えにきてもらうほどの身分じゃねえよ。それより相変わらず、 セコい商売続けてるみたいだな」 「セコくて悪かったな。何でもやるから『何でも屋』だ。 たまにデカい仕事だってするし。 こう見えてけっこう儲かってるんだぜ?」 「さっきの子、迷子の犬探しか?」 「ああ、そうだ。なかなかみつからなくてよぉ、しまいにゃ若い衆総出で 山狩りしようかって計画まで出る始末でな!ハハハ、運良く見つかってよかったよ」 そう言うと幸四郎は嬉しそうに笑った。 「ヘッ、やくざもんが善人ぶってんじゃねぇや」 クロガネは悪態をついた。 しかし内心は、「ああ、こいつ全然変わってねえ」と、なぜか安堵していた。 「それよりお前、出所したばかりだってぇのにまた髪染めたのか?」 クロガネの髪は角刈りを金色に染めていた。 「うん床屋で染めた。モテるかなって思って」 幸四郎は苦笑した。 「それだけでモテりゃ世話ねぇだろ。いい年こいて色気づいてんじゃねぇよ」 「いや、でもクラブのおねえちゃん達は 『シュワルツネッガーみたいでカッコいい』って‥‥」 「そりゃお世辞で言ってんだよ。‥‥ていうか、 出所して俺のとこ来る前に盛り場で飲んでんじゃねぇッ!!」 クロガネは悪びれもしない。 「いいじゃねぇかよ固ぇ事言うなよ。大体こーちゃんを守る為に人斬って ムショ務めしてきたんだぜ? 頭を下げて『ありがとうございました』くらい言えねえのかよ?」 「裁判に弁護士料その他もろもろ、お前の尻拭いにいくら金使ったと思ってやがる?」 「ありがとうございました」 クロガネは頭を下げた。 「兄貴ぃ!」 ふすまが開き、若頭のウシオが血相を変えて入ってきた。 紅潮していたその顔はみるみる泣き顔になった。 「兄貴‥‥お帰りなさいませッッ‥‥!」 深々と頭を下げるウシオ。 「うん、ただいま」 「水臭いじゃねえですか!なんで迎えに行かせてくれなかったんですか!?」 「いいよ、そんなの」 クロガネはめんどくさそうに言った。 「全く、兄貴は奥ゆかしいから‥‥そうそう、兄貴から預かっていたこの刀、 お返しいたします!」 ウシオが黒塗りの居合い刀「黒冬」を差し出した。 クロガネが自首する前に預けたものだった。 「なんだそれ、まだ持ってたのかよ。捨ててもよかったのに」 「へへっ兄貴、冗談キツいですやぁ‥‥‥俺は今から出かけてきますんで、 その後で派手に出所祝いといきやしょう!」 「あ、うん、わかった」 クロガネは刀を受け取った。 ウシオが去った後、しばし静寂が訪れた。 庭園の獅子おどしの音のみが響いていた。 「俺さ‥‥外国に行こうと思うんだ」 ふとクロガネが、話を切り出した。 「そりゃまた唐突だな‥‥」 「ああ、斬った奴らの仲間、俺に報復してくるかもしれねぇし。 ここにいると迷惑かかるだろうし」 「俺達の事なら気にすんな」 「いや行く。もう決めた」 「‥‥そうか。決めちまったんなら止めはしねぇよ。 外国って、どこ行くつもりだ?」 「ガイア共和国に行こうと思う」 「ガイアか?まあ日本からはけっこう離れてるし、今は治安も大分いいそうだし、 身を隠すには丁度いいかな‥‥」 「美人のおねえちゃんが多いって評判なんだ」 「判断基準はそこかよッ!」 獅子おどしが鳴った。 幸四郎はキセルを置き、一つ咳をきった。 「まあ、必要な物があったら言え。できるだけの事はしてやる」 「うん、ありがとう」 するべき話は終わった。 しかし、2人とも、席を立たず、その場にいた。 また、クロガネが話を切り出した。 「こーちゃん」 「なんだ?」 「やらねぇか?」 「‥‥‥‥。」 「考えてみれば、あんたとの決着、今まで長引かせたまんまだったよな‥‥」 「‥‥‥‥。」 クロガネの手が「黒冬」を静かにつかむ。 幸四郎の横にも銘刀「紅秋」があった。 「ガイアに行く前にさ、今、ここで‥‥やらねぇか?」 獅子おどしが鳴った。 |
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