Fists of Wings・番外編
真夏のように〜真紀と夏香〜
■5■
―5―ステップ
| (……捉えた!) 完全に回避不可射程内に夏香を入れることに成功した。 彼女の背後は壁。 加えてハルベルトを横に振るうのだ。 左右に避けることは出来ない。 「砕!」 真紀が叫ぶ。 ダルファーガがハルベルトを水平に薙ぎ払う。 その動きに。 夏香は咄嗟に地面へと伏せた。 「!?」 そのままハルベルトは一階の校舎の壁をめり込み、えぐり、跡形も無く粉砕しながら、空振りした。 (打撃ポイントが高すぎましたか!) 心の中で舌打ちする。 肩の位置でハルベルトを振り回したのだ。 大の大人ならばともかく……背丈の低い夏香には、しゃがまれただけで回避されてしまうのである。 もちろん、あの一瞬で背を縮めることが出来たのは夏香だからこそであるが。 「うわったたた……」 夏香は学校の破片を払いのけならが、即座に立ち上がる。 目の前では『鉄骨娘』が大きな槍を高々と振り上げていた。 刹那にも満たない長い間を置いて。 槍は勢いよく振り下ろされた。 とたんに。 夏香は回避しながら後方に跳んだ。 『鉄骨娘』の目が追う。 学校の壁を垂直に夏香は走っていた。 まるで悪いコメディ映画だ。 (『壁走り』が出来るとはデータで知っていましたが、実際に見ると驚きます!) 心の中で真紀は感嘆した。 夏香はすでに陰陽寺学園の3階まで到達していた。 ダルファーガが左腕を屋上に向けた。 「ワイヤー!」 と、手首から太く黒いロープ状のワイヤーが射出された。 そのまま、放物線上を描き、屋上へと突き刺さる。 (何……?) 3階を走りぬけ、屋上の一階下……4階まで到達していた夏香は、その黒い物体に注意を向けた。 ―ワイヤー― 真紀の『ワイヤー』の言葉と共に左腕の手首から、ワイヤーを射出する動作を『ワイヤー』という。 このワイヤーは重さ数十トンをも持ち上げるほどの耐久性を誇る。 もちろん、ただワイヤーを射出するだけなのでそれ自体は使い道は少ない。 他と合わせることで真価を発揮する。 例えば……。 「ステップ!」 真紀の言葉に合わせ。 ダルファーガの脛と膝から黄緑色の爆炎を発した。 そのまま4メートルを越える巨体は。 軽やかに。 宙を舞った。 「なんですとぉぉぉ!?」 流石の夏香も絶叫した。 ―ステップ― 真紀が『ステップ』と叫ぶことによってダルファーガが脛膝部に内臓した『気化薬莢』を爆発させる動作を、『ステップ』という。 『ダッシュ』に比べ瞬間スピードは非常に高く、文字通り『ステップ』する。 先ほど、ダルファーガが夏香の『スタンナックル』を素早く避けたのも、この気化薬莢を爆発力の賜物である。 それゆえに、『こういった』使い方も出来る。 空中に跳んだダルファーガはワイヤーを巻き戻す。 気化薬莢の爆発力が消えるころ、両足を3階の壁にロック・クライミングのごとく着地させた。 もちろん……『そのままの重さと勢いで』。 ダルファーガが壁に着地した瞬間。 コンクリートと金属が裂けて砕け散る音と共に、2階から4階までの窓ガラスが全て同時に破砕し、ダルファーガが足をつけた周囲が吹き飛んだ。 蹴り飛んだ外壁の残骸が黒板、机、イスといった物を破壊し、打ち砕き……学校の反対側まで貫いた。 「うわっちぃ!」 夏香は衝撃でバランスを崩した。 危うく落ちるところを、両手で4階の窓辺に手をかけた。 窓ガラスが夏香の手に切り傷を作るがそれを気にしている場合ではなかった。 「ステップ!」 さらに真紀は叫んだ。 気化薬莢が爆発し、ダルファーガを空中へと押しやった。 巨大な物体は空を華麗に舞う。 そのまま夏香を通り過ぎ。 ワイヤーを引き戻しながら、陰陽寺学園の屋根上へと降り立った。 衝撃で砂埃と共に屋上のタイルが、噴煙か何かのように撒き散る。 「くぅ……!」 再度バランスを崩す夏香。 片腕が窓から離れた。 その夏香に向かってタイルが凶器となって降って来る。 「らぁ!」 離れた腕でタイルを鉄拳粉砕する。 粉々になったタイルの向こうに見えた。 右手のバルカン砲をこちらに向けるダルファーガの姿が。 「―――――――――!!」 声にならない悲鳴を上げながら、夏香は咄嗟に窓から教室の中に飛び込んだ。 ダルファーガは屋上から4階にいる夏香に向かってバルカン砲を放つ。 気化ではない純粋な薬莢をばら撒き、銃弾が大量の風穴を足元にあける。 ふと、真紀はダルファーガの手を止めた。 『変な物』をダルファーガのモニターが映したのである。 今、真紀は屋上から4階を透過システムで『透視』している。 透過システムとはレーダーや熱源反応などのデータを元に壁の向こうなど『予想』し映像するシステムである。 もし、その透過システムの『予想映像』が正しければ、今、ダルファーガは夏香をロックオンしている。 今までロックすることが出来なかった夏香を、である。 それはいい。 問題は、ロック対象である夏香の反応が増えていたことにある。 つまり。 そこには『大量の麻生夏香』が映し出されていたのである。 |
| ■5■―6―に進む |
| ■5■―4―に戻る |
| 図書館に戻る |