Fists of Wings・番外編
真夏のように〜真紀と夏香〜

■5■

―10―ファイアーナックルビート


「ステップ!」

 ダッシュで飛び出したダルファーガは推進剤を止めると、校庭の半ばで気化薬莢を爆発させ勢いを相殺しつつ反転した。

 右手に装着したままだったバルカン砲を外し、後方へと投げ捨てる。

「夏香さん」

 真紀は、外部スピーカーで静かに呼びかけた。
 2階の窓から、夏香はダルファーガの姿を見る。

「貴方と戦えた事を、本当に嬉しく思います。
 本当はファーガシリーズを含めたダルファーガに関して、色々語りたいところなのですが……まあ、貴女にとっては、どうでもいいことでしょうから、省きます。
 だから一言……」

 真紀は言葉を止めた。
 そして……口元を綻ばせると、深く静かだが激情を含んだ声を弓矢のごとく放った。

「ダルファーガの絶技とも言える超必殺技……いきます!」

 右足を大きく踏み出す。

「ライト・レッグ・ワイヤーロック!」

 右脚部から無数の極細ワイヤーが地面に突き刺さる。

「レフト・レッグ・ワイヤーロック!」

 左脚部から無数の極細ワイヤーが地面に突き刺さる。

 一本いっぽんが数トンをも持ち上げるほどの強度を誇るワイヤー。
 それを1万以上も使用し、下半身を固定したのだ。
 そして、右手を天に向けた。

「……何か……」

 夏香が呟く。

 ダルファーガの拳が右に、腕そのものは左に回転しだす。

「何か、ヤバイ!」

 夏香は駆け出した。

 本能が叫ぶ。

(逃げろ)

「ファイヤァァァァァァ!」

 ダルファーガは空手の正拳突きの構えのように左手を突き出す。

 本能が叫ぶ。

(遠くへ逃げろ)

「ナックル!」

 回転する右手を脇の近くに移動させた。

 本能が絶叫する。

(逃げろ、さもなければ死ぬ!)

 3階へ、4階へ夏香は駆け上る。

「ビィィィィィィィィィィィィィィィィト!」

 左腕を引くのと同時。

 反動で固定したワイヤーを数千単位で引き千切りながら、陰陽寺学園に向かって放たれた。

 ダルファーガの『右腕そのもの』が!


―ファイヤー・ナックル・ビート―


 レイファーガより引き継いだ攻撃方法。
 腕を回転し破壊力を持たせ、腕そのものを飛ばす技である。

 その威力、『超必殺技』と呼ぶに相応しいものである。

 衝撃波を伴った攻撃は高速で突き進み、触れてもいない地面に深々とエグり上げる。

 ダルファーガと陰陽寺学園の距離半ばほどで、あまりの威力に腕そのものが到達する前に。

 消滅した。

(やはり、威力に腕が耐え切れませんでしたか!)

 だが、一度発生した破壊力を持った波は止まらない。

 威力だけが空気中を走りぬける。

「とう!」

 屋上まで到達した夏香はさらに校舎の時計台へと登り、上空に向かって飛び跳ねた。

 ファイヤー・ナックル・ビートの音速を超える強力な圧力変化は陰陽寺学園に突き刺さる。

 そして、一瞬の間を置いて。

 陰陽寺学園の半分が。

 喪失した。

 衝撃の渦は地下から屋上に至るまで、大型花火が咲き散ったように円状の『穴』が作り上げた。
 まるで、波が校舎にぶつかった瞬間、ポッカリと巨大な穴が出来たみたいである。

 残った校舎は1階で左右端1教室分、上に行くほど耐えしのいだ面積が多くなる。
 そのためだろう、1階校舎が2階以上の校舎の重みに耐え切れずヒシャげ潰れ、反動で残った校舎同士が倒れお互いにぶつかり合い、折れ砕け……。

 そして、かつて『陰陽寺学園』と呼ばれた高校は完全に瓦礫と化した。

 空中に飛んだ夏香は、衝撃に備えるため、身体を丸める。
 陰陽寺学園を崩壊に導いた破壊の拳は、夏香を殴るには届かなかった。
 辛うじて彼女の靴底を触れる程度。

 だが、それで十分だった。

 ブーツに触れた瞬間。

「おあ!?」

 ズタズタに引き裂き。

 彼女の裸足を曝け出し。

 夏香自身をも遥か上空へと吹き飛ばした。

(靴に触れただけでこの威力かい!?)

 全身が衝撃でマヒするのを感じつつ、夏香は心の中で絶叫した。

 地球の引力さえも今や凶器となって、夏香を縛り付けた。

(身体がマヒしてる……!)

 急速に近づく地面。

 眼前に移る陰陽寺高校の崩壊絵巻。

 今や、学園の破片さえも致命傷に至る刃と化した。

「くあらぁぁぁあ!」

 絶叫する夏香。

 そのまま四肢を大きく広げた。
 腕は動く。
 足も動く。

 彼女は、力任せに全身のマヒを解いたのだ。

「全力!」

 大きく身体を捻る夏香。

 迫る地面。

 無垢の牙を向ける校舎の残骸。

「ビックバン・パンチ!」

 夏香は攻撃を繰り出した。

 地面に向かって!

 壮絶な威力を伴ったパンチは、破片の群れを吹き飛ばす!

 重い衝撃は、夏香の腕を突き抜ける!

 夏香の腕がヘシ曲がった!

「がっはぁ!」

 そのまま肩から地面に衝突する夏香。

 ビックバンパンチでほぼ激突を防いだものの、そのダメージはデカイ。

 右足にも痛烈な痛みを感じる。

 ファイヤー・ナックル・ビートの衝撃で、骨が砕けたようである。

「お互いに」

 真紀は夏香の状況を見ながら、呟いた。

「お互いに瀕死ですね」

 真紀の右腕からまた、多大な血が流れていた。

 ファイヤー・ナックル・ビートを放つ動作のため、右脇に置いた拳の衝撃が、内部の真紀にまで達していたのだ。

 ダルファーガもまた、中の真紀含めて、瀕死であった。

「中尾さん……夏香さんを頼みましたよ」

 ダルファーガは下半身をロックしたワイヤーを収納する。

 今度は逆の足を大きく踏み出す。

「レフト・レッグ・ワイヤーロック!」

 左脚部から無数の極細ワイヤーが地面に突き刺さる。

「ライト・レッグ・ワイヤーロック!」

 右脚部から無数の極細ワイヤーが地面に突き刺さる。

 左腕を天に向かって伸ばす。

「ファイヤァァァァァァ!」

 瞬間。

 ダルファーガの足元に出現した。

 魔方陣が!

「む!?」

 魔方陣はダルファーガ内部のモニターにも出現し、無数の蛇が紋章を伝って現れた。

 そして、ダルファーガを真紀をも縛り付けた。


 


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