Fists of Wings・番外編
真夏のように〜真紀と夏香〜

■5■

―12―決着


 ダルファーガは空中を跳んでいた。
 ファイアーナックルビートによって、すでに足は消滅している。
 ステップによるショック吸収は不可である。
 ダルファーガはもう『鉄の棺桶』と化していた。
 このまま乗っていると逆に危険である。

「脱出!」

 ダルファーガの胸が開き、座席ごと真紀を外に排出した。
 座席からパラシュートが発生し、ゆっくりと落下させた。

 地面にはすでに中尾が真紀を抱きかかえ戻っていた。
 途中で真紀も固定シートを外し、地面に飛び降りる。

 真紀は夏香を見た。
 メガネには無数の皹が入り、ジャケットはほとんど焼失、腕と足を折っている。
 すでに瀕死だ。

 一方で夏香もまた真紀を見た。
 何者かが巻き付いただろう締め付けの後を首に宿し、全身血まみれだった。
 普通に立っているのが不思議なくらい、血で染まっている。

「私は」

 真紀が口を開いた。

「私は暦から貴女を倒しにきた刺客です」
「そうだったね。そういえば」

 夏香は瞳を細めた。

「だからまあ、今日はお互い痛みわけで……」

 言葉を一旦止める。
 やや間を置いてから、真紀は微笑んだ。

「引き分けってことにしましょう」

 それは今日の夕食を尋ねるような軽い口調で付け加えられた。

「……はい?」
「今日はこれ以上痛い目にあうのは御免こうむるってことですよ」

 夏香はマジマジと真紀を見つめる。

「いや、ここまでやって引き分けねぇ」
「ここまでやったですよ。暦も納得するでしょう。当面は刺客も来ないでしょう」

 真紀の言葉に、一瞬、夏香は目を白黒させたが、ここに来て苦笑のようなものを浮かべた。

「まったく……」

 小さくそう呟いた。だが、二の句は告げなかった。

「では中尾さん、夏香さんをそのまま病院に運んでください」
「よろしいのですか? 一緒に行かれては?」
「私はまだ歩けますから。自力で行きますよ。それに後始末もありますし」
「……了解致しました」

 中尾はそういうと軽い会釈をし、夏香を抱きかかえたまま高速で走り去っていった。

 それを見届けると、真紀は携帯をポケットの中から取り出す。
 短縮ダイアルを一つ押す。

「はい、私です。ダルファーガの回収お願いします。
 手伝ったら、ひまわり用の高級肥料を提供すると言って置いてください。
 あとは、プロトさんも手伝うように。
 今回手伝ったら、特別休暇が降りるように手配しますよ」

 そう言って切ると、再び別の短縮ダイヤルを押した。

「こんにちわ。ヘルメスさん、私です。長月真紀です。
 はい。そうです。
 はい。ちょっと気張りすぎましたね。
 では、お願いします」

 事務的に会話して電話を切ると、真紀は歩き出した。
 よく見れば右足を引きずって歩いており、右手に関しては先ほどからまったく動いていない。
 真紀もまた夏香に負けずと重態だった。

 加えて言えば『後始末』とは電話をすることだけであり、中尾と夏香と共に病院に行きながらでも十分に用は足せた。

 それを行わなかったのは単純な話だった。
 先ほどまで死闘を繰り広げた相手と、同じ男性の胸に抱かれ病院に行くのが、無性に照れくさかっただけである。

「それを言ったら、きっと夏香さんは笑うでしょうけれどね」

 薄く笑いながら、真紀は静かにゆっくりと陰陽寺学園跡を去っていった。


 かつて、そこには学校があった。
 変わったところがあるとすれば、一晩、破壊の神に愛されてしまったところだっだ。
 だから今はそこには何も無い。

 あるのはただの、破壊の爪あとと……二人の人間だけだった。

「予想以上に凄い状態ですね」

 二人のうち、一人が喋った。
 スラリと背の高い美男子で、派手な燕尾服を着こなしている。

「……」

 もう一人は無言だった。
 背の低さから少年だと推測させるが、しかし、被ったミラーグラスによって表情は見えない。

 11月。ヘルメス・ハイウィンドウ。
 2月。アルシャンク。

 暦最高幹部の二人がそこにいた。


 


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