それが何か
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| 海保の巡視艇が暗雲立ち込める空の下、東京湾を遡行中だった。 漁船がここ二週間ではやくも七隻沈められ、行方不明者数十名。 遺体が上がってこない。服すらも。 それが保安庁の恐怖感を駆り立て、警備体制の強化をもたらした。 だが、彼らはあせりすぎていた。 「・・・この引っかき傷、消えませんでしたねえ。」 巡視艇、かぜきりの甲板の上で、乗組員が呟く。 「あの事故のヤツだろ?立て続けに五隻がってヤツ。 船底は直したからな、細かい傷は多めに見ろ。」 「この傷の中に、なんかねばねばした物が入ってて、取れないんですよ。」 「ほっとけ、ほっとけ。」 ある種の生き物(熊などの大型肉食獣)はマーキングを獲物が集まりそうな物にする。 そして、マーキングに獲物が集まったとき。 それは動き出す。 動きを潜める。 と、言ってもどの程度潜めるかが問題である。 とどのつまり、おおっぴらに動けば警察から放り出されると考えていいわけだ。 「ってことはッス。ダイレクトに動かなければOKじゃないッスか?」 「あたり。課長も狸だよ。」 畑守はつゆをずずっとすすり、 「それも忠実な犬コロの皮を被った老獪な狸だな・・・」 「そうッスね。」 緋龍はさらさらと口の中にタマゴを注ぎ込む。 「ところでッス。」 「なんだ?」 「おごってもらえるのはありがたいッスが・・・・」 緋龍は、チラリと横目で店内を見た。 人がすし詰め状態、換気扇は正体不明の油をまとって汚れきり、 いたるところ埃っぽい。 そこは、場末の立ち食い蕎麦屋だった。 「もうちょっと場所があると思うッス。」 「お前、年上のヤローとロマンティックなディナーなんか楽しみたいのか?」 畑守が、どんぶりを叩き置いてたずねた。 「そりゃそうッスが・・」と、緋龍は返したが、 おおかた畑守の安月給じゃここが関の山だったと気付き、沈黙した。 その後は丁寧にネギを噛んで、飲み込む。 つゆや蕎麦をすする、タマゴを流し込む。などの動作を繰り返し、 畑守がもう一杯カケを注文した所で、ようやく緋龍が口を開いた。 「脇からは攻められないッスかねえ・・・?」 「脇があればの話だ。」 畑守は、箸を止めた。 「だが、藤倉なみの巨体になれば必ずどこかに脇はある。 それもたまに隙が出る。・・・・そこをねらえば・・・・・・」 右拳をぱっと開いて、 「ボンだ!自然消滅さ。」 「目立たないよういけるッスね、それなら。」 蕎麦を食い終わり、緋龍は箸をおいた。 「ああ、楽勝さ。」 と、畑守がどんぶりに眼を向けると、すでに蕎麦は伸びていた。 畑守の空しい唸りが一瞬聞こえた。 |
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