それが何か

20


「よくもまあここまで丁寧に自衛隊を誘い出しましたな。」
モニターの中で駆け回り、銃を携える自衛官たちを見て、藤倉は言った。
映像の中で行われているのは紛れも無い事実であり、ここからも見えることなのだが、
こういう風に見るとまったく別世界のような他人事に感じられた。
「なあに、人間誰しも『金』には弱いものですよ。」
野沢は堂々と言った。
「考えても御覧なさい、藤倉さん。」
映像の中で自衛官の一人が、手を滑らせてライフルを落とした。
「ガイア、アメリカ、RJHその他もろもろ・・・・
 この国をとりまく様々な思惑、策謀。それに対抗するには何が必要か?」
野沢は、モニターの中で肉を喰らう怪物を指さした。
「あれですよ。絶対的な、力です。」


現行の自衛隊の装備と言うのは世界でも有数の優れたものであったが、
いかんせん決定打に欠けていた。
憲法と言う名の強大な鎖に守られた兵力は、役立たずも同じ。
非常時、国家の一大事には何の役にも立つはずが無い。
そう、作られてしまっているのだから。
ならば、憲法でも抑えられない強大な力を保有していれば・・・・・
と言うのが野沢の考えでもあったし、自衛隊の一部や幕僚長たちの目論見でもあった。


怪物を用いた日本軍備増強計画。
タカ派のよく考えそうな事であり、非常に非現実的な計画ではあったが、
それでこそ更に非現実的なあの怪物はうってつけだった。


「生物兵器としてあれはもとから造られました。」
藤倉の眼に、自衛官たちの眼前に迫りつつある怪物が映った。
そろそろだった。
「あれはRJHに搬送される予定でした!」
モニターの中であくせく動き回っていた自衛官たちの動きが止まり、
物陰からちらほらと銃口が見えた。
小さな銃口の群れが、怪物の四肢をその眼に捕らえていた。
「それをあなた方が使うとなると・・・問題も起こりましょうが・・・」
怪物は、その異様な気配に気がつき始めているようだった。
「古牙を捕らえる約束をしてくださったとなると・・私も断りきれませんなあ。」
完全に悟られる前に、全てに決着をつけなくてはならなかった。


「は・・・・発砲許可をお願いします・・・」
葉護崎は、まさか自分が生きている間に言うことはないだろうと思っていた台詞を、ついに言った。
『許可する。けっして殺傷するな。』
返ってきたあまりにも機械的な言葉に、脂汗をたらすも、無線を手に取る。
葉護崎は、いまだに興奮し、なにより躊躇していた。


緋龍と畑守は、相変わらず高台の安全圏から怪物を見物していた。
怪物は既にポイント内に足を踏み入れていた。
もう、そろそろのはずだった。
「!」
突然、緋龍が身を乗り出したのと同時に、


至る所から閃光やマズルフラッシュが巻き起こり、空気を揺らした。
ハンマーで鋼鉄を叩くような音がして、怪物が呻き、そして吠える。
四肢のあちこちを銃弾で貫かれつつも、飛んでくる銃弾に怪物は挑んだ。
銃弾がひときわ飛んでくる右側に、突進してきたのだ。

悲鳴とともに閃光、そして轟音。

怪物の右前足がついに動かなくなった。
ようやく弛緩してきたのだ。
その瞬間、狙撃班まであともう一歩というところで、怪物は身を震わせ、
そして倒れた。

動かなくなった怪物が伸ばしていた右前足の数cm先には、
怯えている葉護崎がいるだけだった。


 


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