それが何か

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上野公園入口。

「全員、前へっ!」
「縦列隊をしけっ!そこっ!はやくしろバカヤロー!急げっ!!」
「これより、陸上自衛隊第一師団の一部部隊が、陸幕僚長とK首相の命令に基づき・・・

「人が入ったッスか。」
いつもの表情をまったく崩さずに緋龍は言った。
「ええ、若い研究員風の男が入っていったようなんですが・・・・そちらで御確認をお願いします。」
「了解ッス。」
中に刑事さんと自衛官の人がいるそうで、保護されていれば・・と、機動隊の隊長は続けた。
だが、その目はまったく別の事を語っていた。

可哀想に、今頃みんな食われちまっているだろうね。

関係者にのみ分かるその同情というあきらめの目に、緋龍は素直に嫌悪感を抱いた。
そんな事をしているうちに、ようやく突入準備が整ったらしい。
辺りのマスコミが騒がしくなっている。
軽くおざなりにいつもの表情で機動隊に敬礼し、
緋龍は装甲ジープに乗り込んだ。


ああ、しまった。と、後悔した時には時、既に遅し。
畑守は警察手帳を化け物に向かって投げつけていた。
今まさに名も知らぬ意味不明の言動をはき続ける男を食わんとしていたヤツは、
あっさりとこちらに向きを変えて、その強靭な腕を突き出してきていた。

自衛官の悲鳴。
ヤツの咆哮。
がらがらと崩されるトイレ。
踏み潰された警察手帳。

走馬灯って見てる暇がないものなんだなと、畑守はそのとき初めて知った。

ああ・・・ああ・・ああ・・・そうだった。
畑守は忘れていた。
自分も生物だ・・=死ぬんだ。
今、この瞬間に・・・・・・・・・・・・・・

だが、その瞬間に、
小気味よく軽い連射音と、耳障りなスリップ音が響き渡り、
鋼鉄をハンマーで叩いたような衝撃がした。
畑守の瞳に、陸上自衛隊のロゴ入りの車が数台と、
そのうちの一台から身を乗り出して、紫煙を上げる銃を構える緋龍が映った。

「・・・・おせーんだよ、阿呆。」
あまり偉そうに言える立場ではないが、とりあえず小さな声で言っておいた。


彼の瞳にもそれらは映っていた。
そして、その巨体のところどころが何故だか無性に痛むことに気付いた。
彼はまず、次なる傷みを防ぐために形を変える。
続いて、その痛みを与えた脅威に眼を向けて、

最高に危険で面白い、獲物であると認識した。


 


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