それが何か

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「エヴィル!エヴィル・ファーガ!!」
唐突に緋龍が向かった先の反対方向から大声があがった。
さっきの研究員風の男である。
「聞こえないのかエヴィル!約束どおりに教えろ!」
怪物は、動きを止めた。
そこいら中には倒れてうめき声を上げる自衛官たちがいる。
古牙はその中心にいた。

「なんだ・・あいつ・・・」
畑守は、伸びてしまったパイロットをその場に残し、少しづつそこに近寄った。
畑守は今、銃も何一つ無い、鈍器すら持っていない、丸腰だった。
勝てる見込みなど、無かった。
ただ、足が動く、手だって動く。脳みそだって働いている。
それだけが救いだった。
あの男を真正面にいる危機から逃れさせる事だけで、頭がいっぱいだった。


「エヴィル・ファーガ!いい加減に・・・
古牙が言い終える前に、ヤツは迅速に行動を起こした。
腕を大袈裟に振り上げて、タメを作る。
それを見て、畑守が闇雲に届くはずも無い手を伸ばす。
それを見届けてから、ヤツは確かに、
笑った。
「・・・・・・笑いやがった・・・・」

豪腕が古牙に振り下ろされた。


「しかしだねえ・・・」
「お願いしますッス。」
「君にそんな権限はないし・・
 こいつもただ単に示威行為の為ここに運び出したようなものだから。」
業界人のような言葉を吐くのは、第一機甲師団戦車分隊の隊長だ。
いや、自衛隊そのものが何らかの業界なのかもしれなかった。
「けど、これであいつを処理すれば、あなたの大手柄ッスよ。」
「っは!・・・・そんなことでは・・・・・」


「人命が懸かっているんッス。」
一瞬、この刑事の声に、先ほどとは違うトーンを男は感じた。
なんとなく振り向く。
「有事の際には貴方の権限でこいつを動かせるはずッス。」
ただの刑事だ。
小隊長は自分にそう言い聞かせた。
ただの刑事・・・・・・・・
ただの刑事なら自分には無いこの気迫は何だ!?
「戦車じゃなくてもいいッス。
 重火器の使用許可を出していただきたいッス。」


軽い音がした。
それは人間が木に叩きつけられた音だと認識するのに、畑守には数秒を要した。
背後から、パイロット君のうめき声が聞こえる。

夕日が地平線に触れて歪み、
それをバックに怪物が、勝ち誇ったかのごとく唸り声を上げた。


「こんのヤロオオオオッッ!!!!!!」


 


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