それが何か

30


狼のような形相で吠えた畑守は、
近場に転がっていた小銃を手に取り、
ヤツの数m近くに駆け寄って、めったやたらに撃ちまくった。
怪物がそのさまをじーっと見ているのにもかまわず、
銃撃の振動で体が揺さぶられのもかまわずに、撃つ。

ヤツの頭を。
胴を。
足を。
撃ちつづける。


不意に、カチン!と気の抜けた音がなった。
「・・・・・弾切れか・・・・!!」
思ったとおり、怪物は無傷だった。


ぎりりと歯を鳴らし、力任せに空の小銃を投げつける。
だが、案外重く、怪物にたどり着く事すらなかった。

息切れがする。のどが焼けるように熱い。
いや、全身に電撃が走っているかのように痛い。
そして、自分の頭上を影が覆う。
ヤツの口であった。


呆然と、今度こそ本当に、畑守は走馬灯を垣間見た。



「こっちッス!!」
怪物はすぐさまその声に反応した。
やや離れた並木の下に、その声の主が立っている。
緋龍だった。
「間違えるんじゃないッス!!こっちッス!!」
畑守も、緩慢な動作で後ろを向いた。

瞬間、自分の頭上を、影が飛び越えた。

怪物は、なにを思ったのか、一直線に緋龍に向かって突っ込んでいく。

アスファルトを踏み鳴らし、まるで矢のように四足で器用に走る。
目の前の最高に危険な敵を、食いちぎるべく、猛烈な勢いで走り、


とうとう、敵を、豪腕の射程に捕らえた。
腕を振り上げ――――



緋龍の背後の並木を突き破って、戦車が飛び出した。
その中には、泣きそうな顔の小隊長が乗っている。
戦車の砲身が、突っ込んできていた怪物の口に、ズンッ!!と入った。

「撃つッス――――!!!!」

叫びつつ、キャタピラの足元で、緋龍は耳をふさいで伏せた。



突然、さっきまでの銃撃音とは比べ物にならないすさまじい音が響き渡って、
上野公園をとりまいていた野次馬や報道陣たちは目をむいた。
勢いよく音に驚いたカラスたちが飛び立ち、
沈みかけた真っ赤な夕日を黒く染めた。


彼はのけぞり、暗くなりかけた天を仰いだ。
真っ赤に染まった上半身をぐらりと倒し、アスファルトに沈んだ。
もう、咆哮をあげることも、笑う事も無くなった。
動く事すらも永遠に無くなった。
真っ黒なアスファルトが、赤く染まった。



「畑さ―――ん!生きてるッスかー?」
砲口からの紫煙で少し黒くなった鼻先を手でこすって拭きつつ、緋龍はいつもの表情で叫んだ。
一瞬、畑守の中で走馬灯が逆回転を始めた。
だが、すぐに我に返って、
「・・・生きてるが、餓死寸前だ――――!!」
と、力強くこたえた。
慣れない小銃などというものを撃ったせいか、全身はまだ痺れていた。


 


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