Summer in Gaia〜ヤツらの夏〜


真昼のエントランスは多くの人々が行き来していた。
ゴードンとミューはそれらの目をかいくぐってガーデンから出なければならない。
「素顔のままでは、まずいな‥‥‥」
ゴードンはサングラスで目を隠し、黒い帽子を目深にかぶった。
しかし確かに顔は隠れたものの、その全体からにじみでる彼独自の雰囲気は
隠し切れなかった。
長身の均整の取れたスタイルの彼が纏った黒いスーツコート、帽子、サングラスの
いでたちはむしろ人目を引いた。
ミューからしてそのオーラにクラリときていた。
「ミュー、この変装で事足りるだろうか?」
見とれるミュー。
「はい!とても素敵でございますわ、ゴードン様☆」
「素敵かどうかはどうでもいい。これで誰にも見咎められずに玄関を抜ける事が
 できるだろうか?」
「当然ですわゴードン様☆」
「そうか‥‥‥」
ゴードンを全肯定するミューの言葉にまるで根拠はなかった。

エントランスにいる人々の目的は様々であった。
観光で来た者。ビジネスの為に来た者。はたまた政務関係者など。
皆、多種多様に自分の用事に関わっていた。
しかし、彼らの視線はその空間を横切る『男』に自然と傾いていった。
見過ごせない『何か』をその男は持っていた。

エントランスの人間全員の視線をゴライアス・ゴードンは浴びていた。

それらを気にする風でもなく、彼は歩む。
その横にミューも付いて歩く。
彼女もまた人目を引くのに十分な、黒と赤を基調とした派手なドレスに身を
包んでいた。しかし人々の視線はあくまでゴードンに向いていた。
人工の装飾品などでは到底及ばない『何か』をゴードンは持っていた。
彼の行く先にいた人々は自然に道をあけた。
エントランス全体が一時、昼中夢に包まれたようであった。

あまりにも堂々と通り過ぎていった彼の事を「ゴードン大統領だったのでは?」と
人々が考えるようになったのは少し後の事であった。

「ちょ、ちょっとお待ちください!」
入り口で待機していたガードマンがさすがに声をかけてきた。
「あなたはまさか‥‥‥」
ミューが割って入った。
「問題ありませんわ。通しなさい」
「いや、しかし、この人は‥‥‥」
「も・ん・だ・い・な・いっつったろ?」
眉をしかめ、ガンを飛ばすミュー。
「は、はひっ、お気をつけて‥‥‥!」
屈強な彼もここで働いている以上、彼女の恐ろしさは十分知っていた。
一介のガードマンとガーディアンズの彼女とでは蟻と恐竜ぐらいの差があった。


2人の後をつけ、街にでるグラス兄弟。
「よくエントランスを突破できたよなぁ‥‥‥」
「まぁある意味ガイア共和国最強のコンビだからなぁ。ところで兄者‥‥‥」
「なんだ?」
「今日のこの街並み、おかしいと思わんか?」
「え?どこが?」
「人がさ、いつもより少ないと思わないか?」
「そうか?」
辺りを見渡すブラックグラス。
用事(主にミューのパシリ)で街に出る事の多いグラス兄弟から見た今日の
ヘブンズヒルは確かにいつもに比べて人手がまばらだった。
「‥‥‥どっかで集会でもやってるんじゃないのか?」

夏。晴れ渡った夏空。
気温は高かったが湿度は低く、今日のヘブンズヒルの気候は爽やかだった。

「食事自体は簡単に済ませようと思う」
ヘブンズヒルの街を歩きながら、ゴードンは言った。
「はい、ゴードン様」
ミューも横について歩く。思えば、ゴードンと2人きりで出歩くのは
彼女にとって初めての体験であった。

ショッピングエリアを歩く2人。
ふと道行く人々の視線が、2人に集まる。
顔は隠していても、人目を引く不思議な力をゴードンは持っていた。
ミューはそのゴードンの横についていられる事が嬉しかった。
(フフ、あの人たちには私たちの事、どう見えるのかしら‥‥‥☆)


「親子だな」「親子ですね、年の差から言っても」
はるか後方から大統領とミューを見守るグラス兄弟。
「それも変な娘を持って困っている父親だな」「だから顔を隠してると、なるほど」


「あ、あの、ゴードン様は行くお店とかは決めていらっしゃいますか?」
「いや、まだだ。適当な所にしようと思っている」
「そうでございますか‥‥(おっしゃー、やりィ!)」
咄嗟にミューの頭脳の中で、この日の為にと頭に叩き込んでいた
「彼氏といい雰囲気になれる洒落たお店・ヘブンズヒル編」のデータ検索が開始された。

(千載一遇のこの大チャンス、必ずやゴードン様とロマ〜ンティックな
 ひとときを過ごして、ググッと好感度を上げてみせるわ!!)

ミューの頭の中に次々と店のデータが弾き出される。
(う〜ん、ヘブンズヒルで人気のあるスポットといえばまずは‥‥‥
 カフェバー「Cafe de Gaia(カフェ・ドゥ・ガイア)」は若い女性に人気があるけど
 男性のゴードン様では"浮く"かもしれないわね‥‥‥。
 イタリア料理店「LA POGLIA(ラ・ポーリア)」はヘブンズヒルの中心にあって
 人気もありすぎるから今から言っても混雑してるだろうし‥‥‥
 少し歩く事になるけど洋風居酒屋「ルディエ」にしようかしら。
 ああ、でもゴードン様とロマ〜ンティックな雰囲気になるにはもっと静かな
 所がいいわね‥‥‥となると、他には‥‥‥)

「うむ、ここにしよう」
ゴードンはさっさと牛丼「吉野家」に入っていった。


 


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