Summer in Gaia〜ヤツらの夏〜


今日のヘブンズヒルの人影はまばらだった。
人々のほとんどはオフィス街の中心にあるビジネスパークへ集結していた。
エンターテイメントの国、アメリカからやってきたスーパースターをひと目見る為に。


広場の中心に設置された屋外ステージは主役の登場を待っていた。
「遅いなぁ‥‥‥アダムのやつ‥‥‥」
テレビ局プロデューサー、チャールズ・マリンヴィルは不安げに時計を見ながら
つぶやいた。
本番の時間が差し迫っている。
今回は『THE ADAM SHOW』特別企画で本土アメリカを離れ、ガイア共和国まで
収録にきていた。予算もいつもより多くかかっているだけに失敗は許されない。
しかしまもなく彼の前に、前後にやたら長い高級車が登場した。

窓が開いて番組の主役、アダム・ワイルダーの底抜けに明るい顔が飛び出した。

安堵するチャールズ。
「よかった!おい遅いぞアダム!」
「ハハハ、ヘロ〜ウチャック!そして‥‥‥グッバイ!」
猛スピードでバックする車。
「いや帰るな帰るな!」
「ハハハ!冗談だよチャック!」
鮮やかな青いスーツをまとい、アダムは颯爽と車から降り立った。
年の項は40をすぎ、頭髪も少し寂しくなりかけていた。
しかしその明るい表情には微塵の陰りもない。
全米注目度No.1と評されるスターのオーラを、彼はまとっていた。
「アダム、初のガイアのロケだけど調子はどうだ?」
「僕ァどこだって絶好調サ!ここは思ってたよりもいいとこだ」
「そうか、それならよかった」
「ハハ、気楽にいこうぜ!」

『アダムが到着したぞー!』
途端にアダムは地元のガイアのマスコミたちに囲まれてしまった。

「ガイア共和国へようこそ!」
「昨夜はよくおやすみになられましたか!?」
「奥さんとの離婚説がささやかれてますが?」
「今後もガイアで仕事をされるんですか!?」

両手で制止のポーズをとるアダム。
「ストーップ、ストーップ!質問は1つずつにしてくれたまえ。
 あと離婚説に触れる奴はハブな」
「Mr.アダム、この度は全世界好感度ランキング第7位になられたそうで、
 おめでとうございます!」
「ハハハありがとう!ラッキー7ということでゲンもいい。
 でも次はさらに上位を目指したいね!」

「あのう‥‥」

「ん?」
アダムはマスコミの輪から離れて立っていた少女を見た。
年の頃は12、3才くらいだろうか。手に雪のように真っ白な子猫を抱いていた。
慌ててチャールズがかけよる。
「ああダメダメ!ここは一般の人は立ち入り禁止だから。さ、あっちにいこうね」
少女を連れ出しにかかった。
「あ、あの‥‥‥わたし、アダム・ワイルダーさんのファンなんです」
「うんうんいい子だから、会場の方でアダムが登場するのを待っててね!」

「いいじゃあないか、チャック」

少女を連れ出そうとしたチャールズをアダムは止めた。
「ハロウお嬢ちゃん、サインが欲しいんだね?」
軽やかなステップで近寄りつつ、懐からマジックを取り出した。
間近で見る生のアダム・ワイルダーに少女は緊張した。
「あ、あの、ありがとうございますっ!」
そして抱いていた子猫を見せた。
みゅー、と一声鳴いたその可愛さにアダムの顔もほころんだ。
「う〜ん可愛い子猫だ。毛並みもいい」
「こないだ生まれたばかりなんです」
「よしよしこの子にサインしてあげればいいんだね」
「あ、いえ、あの‥‥‥この子の名前を、アダム・ワイルダーさんに
 考えてほしいんです」
少女は頬を染めながら言った。
「名前‥‥‥?」
「名前、考えてもらえますか‥‥‥?」
腕組みするアダム。
「う〜ん、どんな感じの名前がいいかな?」
「ええと、とっても強くて、元気な感じがいいです!」
「ふーむ‥‥‥」
左手を腰に当て、右手の指先を額に当てて思案し始めるアダム。
チャールズが時計を見ながら言った。
「アダム!もう時間がないぞ!」
「シャーラップ!今、この子の名前を真剣に考えてるところだ!
 大丈夫、心配ない」

「強く、元気な子‥‥‥」
やがてアダムの脳裏に1つの名前が閃いた。
その手が腰と額から離れ、子猫の小さな体をそっと、優しく抱き上げた。

「‥‥‥"ノゲイラ"だ。今日から君はノゲイラだ!」
子猫を見つめるアダムの瞳は深く、優しかった。
「ノ、ノゲイラ‥‥ですか‥‥‥」
「そう、ノゲイラだ」
マジックで子猫の体にサラサラと『Nogueira』と書き込む。
みゃぁぁ〜、と子猫が迷惑そうに鳴いた。
「いや、あの、別に書いてもらわなくても‥‥‥」
「Goody、Goody、それじゃお嬢ちゃん、ショーを楽しんでいってくれ!」
ノゲイラを少女に返し、アダムは爽やかに手と腰を振りながら去っていった。
「あ、ありがとうございます‥‥‥」
戸惑いながらも、少女はアダムのしぐさに思わず笑みをもらしてしまった。

ADがアダムの懐中にマイクを取り付ける。
「今日のステージはいつもと違って屋外だ。音が反響しないから
 マイクの音量は大きめにしてくれよ」

世界に、愛を。
"ナイスコメディ"アダム・ワイルダーはステージへ向かった。


 


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