Summer in Gaia〜ヤツらの夏〜
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| ヘブンズヒルのビジネス街の一角にある新聞社。 事態は風雲急を告げていた。 「俺は‥‥どうすればいいんだ‥‥」 ICPO捜査官、長崎重臣の心は深く沈んでいた。 ロビーでは記者たちが行き交い、備え付けのテレビ放送も流されていた。 そのロビーのソファにキルマーと長崎は座っていた。 「ナガサキ、事はもう動き出している。もう何もせずともよい」 資料は全て、マスコミに公開した後だった。 「まもなく、大騒ぎになろうな。合衆国大統領を糾弾‥‥ 辞職は免れまい。ナガサキ、お前の手柄だ‥‥。」 長崎が入手した資料はマスコミに取りざたされ、世界中に発表されるだろう。 ミッシングウエポンに関する、アメリカ大統領の自作自演の所業は明るみとなり 大ニュースとなるだろう。 「俺の、業(ごう)だ‥‥これで俺はあの国を敵に回してしまった‥‥」 「案ずるな、その代わりあのお方が味方だ」 長崎はどうすることもできない巨大な渦に巻き込まれた事に絶句し、 頭を抱えた。汗が止まらない。 「これは、悪夢だ‥‥夢なら覚めてくれ‥‥!」 「覚悟を決めろナガサキ。これは夢ではない。『現実』なのだ」 悩める長崎に、キルマーは冷厳に言い放った。 「うぅう‥‥‥‥ん?」 ふと長崎の視線がテレビの画面へ釘付けになった。 「キルマー‥‥」 「どうした?」 「あれ‥‥ミューじゃねぇか?」 手で顔についたクリームを払うミュー。そして、 「おい、アタシにもよこせ」 舞台下のスタッフに呼びかけた。 何の躊躇もなくミューにパイを手渡すスタッフ。 受け取ったパイを胸元に引き寄せる。 アダムはその一連の行動を黙認した。 そう、ミューがその行動に出ることを彼は予想していた。 「これでも‥‥」 アダムの方を向き、パイを構えるミュー。 「くらいなあっ!」 大きく振りかぶり、上方からカタパルト投法でパイを投げつけた。 アダムは、逃げない。 (カモンッ!) 両腕を広げ、雄大に構えるアダム。 彼のたたずまいに、「避け」の気配は微塵もない。 そう、彼はプロのコメディアンだった。 相手のツッコミは全て受けきる。 そうして彼は「おいしいところ」を隈なくさらってきたのだ。 「!」 アダムの顔面にパイが炸裂した。 これでいい。 皿が落ちた後に、鼻息でクリームを飛ばせばこれまた笑いがとれる。 計算どおりだ。計算どおり‥‥ しかしその計算が今日はやや狂った。 彼は、ミューがパイの中に「何か」を詰め込んでいた事に気づかなかった。 (あ、れ‥‥?) 意識がとびそうになり、思わず両膝をつくアダム。 痛い。とんでもなく痛い。イキそうなくらい痛い。 皿がズルリと落ちると、鼻血がどくどくと噴出した。 アダムは呆然と、皿と一緒に床に落ちた「それ」を見た。 パイのクリームの中に、こぶし大の石が混ぜられていた。 「どうだ、アタシお手製のパイの味は?うめぇだろ? それにしてもこのクリーム、ちっとも甘くねーなー‥‥」 手についたクリームをなめるミュー。 「腹減ったなぁ‥‥」 アダムは慌てて顔を手で覆った。 血を見せてはいけない。観客が「ひいて」しまう。 プロデューサーのチャールズ・マリンヴィルが慌てて舞台に上がり、 アダムに駆け寄った。 「アダム!ショーは一旦中止だ、早く手当てを!」 舞台袖に連れていこうとするチャールズをアダムはもう片方の手で制止した。 「シャーラップ。ショーは‥‥続ける!」 「ムチャ言うな!出血してるだろ?」 「‥‥‥‥を‥‥‥‥な‥‥」 「‥‥アダム?」 アダムは声を張り上げた。 「コメディアンを嘗めるなァァァッ!!!!」 電光石火の飛び蹴りが油断していたミューの後頭部に炸裂した。 "ナイスコメディ"アダム・ワイルダーは、きれた。 「!?」 思わぬ奇襲に吹っ飛んでつっぷすミュー。 「ホゥオオオオ!」とブルース・リーばりの雄叫びを上げるアダム。 鼻血は気力で止めた。拍手喝采の観客。 「ってー‥‥」 一瞬、自分が何をされたのかわからなかったミュー。 だがやがてその額に血管がもりもりと浮かび上がった。もりもりと。 「このアメ公‥‥‥‥やりやがったなぁぁぁ!」 アダムに駆け寄り、そのむなぐらを掴むミュー。そして拳を振りかぶり、 「このッ、ドグサレがァ!!」 殴り飛ばした。 アダムの体がヤバァいぐらい床にバウンドした。 「ア、アダムゥゥゥ!」 「ハッ‥‥!ざまぁみくされ!」 中指をビシ!と立てるミュー。 慌てるチャールズ。 「き、君!中指を立てるのは勘弁してくれ!我々の国ではタブーなんだ!」 「あン?」 すっかりエキサイトされているミュー様。 「うっせーな!こんなもんいくらでも立ててやるよ!」 カメラに向かって中指をビシビシ立てた。 *『うっせーな!こんなもんいくらでも立ててやるよ!』 ソファの上で頭を抱えるキルマー。汗が止まらない。 「これは、悪夢だ‥‥夢なら覚めてくれ‥‥!」 「覚悟を決めろキルマー。これは夢ではない。『現実』なのだ」 悩めるキルマーに、長崎は冷厳に言い放った。 |
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