『アンノウン・キング』
8
ケヴィン・ビジーが事件の報せを聞いたのは翌朝の8時だった。デスクに頭を伏していた彼は、部下の大声を聞いて、眠りの世界から引き出された。
「事件です、警部!あなたの言うとおり、奴はまた犯行を!」
あの事件からというもの、署内の人間は俄然やる気をもって取り組んでいた。胸くそ悪い事件ではあったが、この喜ばしい反作用をビジーは嬉しい目で見ていた。ケヴィン・ビジー自身もまた、今回の事件で生気を取り戻した人間の一人であることは本人もまた知っている。おかしな話だと思った。一人の死が、多くの者を甦らせる。
神の御心は、謎だ。
「今すぐ現場へ!」
「うむ」
彼は愛用のモスグリーンのコートを着込むと、両手をこすりながら外へと飛び出した。一月も終わりにさしかかっているが、まだ寒い。
やはり、同じ手口だった。
先の殺人現場とは少し離れたレッズストリートに、その死体はあった。あちこちの骨が砕かれている。火傷の箇所もいたるところに見受けられる。
そして、心臓。無かった。マガウンの胸はどす黒い血色に染まり、あたかもペンキをぶちまけたかのようだった。前回のゲイリーの件では死体解剖医の話によると、明らかな「力技」による抉りだしであるとされている。精密なコントロールの利く機械を使って堀抜いたのではなく、荒々しくも力に任せて、砂山に穴でも掘るかのように、胸に穴を開けているということだった。このマガウンの死体にも同じことが言えた。血糊がべっとりついたテディベアも心臓のあった位置に埋め込まれていた。
遠くで何人かの部下が吐いた。
先日のゲイリー事件の際には署内でトランプをしていた連中だった。刑事らしい仕事ができるとして、意気込んではいるが、まだ経験が浅い。今までこのトゥーマッチタウンで楽してきたとあっては尚更のことだった。
動ける部下を探して指示を送ると、ビジーは検分を開始した。
事件の連続性は、ビジーに新たな怒りをもたらすと同時に、事件捜査に変化を与えた。今回の件で、私怨による犯行、何らかのアクシデントといった説は否定された。ミスター・マガウンとゲイリー・カジノブはどちらもストリートファイターであるということ以外、何の接点も持っていなかった。犯人は殺す相手など「誰でも良かった」のだった。それも死体の様相からして、明らかに故意的、計画的な思惑が見てとれた。
「やってくれたな」
ビジーは呟き、腰を下ろして死体を眺めた。死体には腐敗の上に焦げているため、強烈な、この世のものとは思えない悪臭を放っていた。
彼の後ろでは、まだ何人が嘔吐していた。
ビジーは死体の手をとった。
拳が砕かれている、が、どうも妙だ。
傷口が他の部分と違う。何かこすれたような痕がある。
抵抗したのか?ミスター・マガウンは抵抗したのか?
ビジーはタバコに火をつけて、考え込んだ。刑事の顔がそこにあった。
マガウン惨殺事件の影響は、翌朝になってもう一つ、重要な変化をもたらしていた。ゲイリーの死が火薬に火をつけたものだとすれば、ミスター・マガウンの死によって、その爆弾は炸裂した。昨日までマッチほどの小さな火だったものが、翌朝にはホワイトハウスさえ破壊しかねない火力になって爆発し、アメリカ全土に燃え広がっていた。
一週間前の大きさとは比べものにならないほど大きな記事となって、ニューヨークタイムス誌で取り上げられたのだ。トゥーマッチタウンで起きた事件としてはもちろん異例のことであった。『トゥーマッチタウンの悪夢』と題されたその記事は、先週のゲイリー・カジノブ事件から今回の件まで事細かに記されており、一部ビジーが知らないことまで書き連ねてあった。ご丁寧にも、トゥーマッチタウンの簡単な説明も添えられていた。
「町の治安は良いとは言えず、町民の娯楽はといえば日々行われる賭け試合。今では町の名称“Toomuch”を――」
こうしてトゥーマッチタウン猟奇殺人事件は、続くマガウンの死によってアメリカ国民が知ることとなった。ホラー映画のワンシーンを思わせる『心臓の抉りだし』『血塗られたテディベア』といった、非現実的な要素に加えて『事件の連続性』というサスペンス映画の要素が、今回の大規模な報道に一役買っていた。大統領も朝のコーヒー片手にこの記事を読んで狼狽し、ハリウッドの俳優たちも撮影の合間にその凄惨な現場を想像した。
当然、トゥーマッチタウンを訪れる人の数が報道関係を中心にして跳ね上がった。元々人の出入りは多い町だったが、ファイト関係以外で訪れる人は今まででも希だった。今やこの町は世界と隔絶された町ではなくなった。多くの人々がこの町に関心を示し始めていた。
事件は多くのものを呑みこもうとしていた。
それはまるで台風のように吹き荒びながら、町を中心にアメリカ全土を巻き込んでいた。
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