『アンノウン・キング』
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ブルドッグ・ジョーの格闘術は、全局面に対応していた。
試合展開の組み立てにおいて、このトゥーマッチタウンではゲイリーを含めても彼の右に出るものはいないだろう。自らが先手を打った時から、相手の先制、あるいはその反撃に至るまで、彼はあらゆる状況を予測し、試合を組み立てていた。長年の経験に豊富な知識と、ストリートという環境が、彼のその能力を長ぜしめている。拳、蹴、投、極、人間が素手で行える攻撃の全てのパターンを把握し、躱、跳、転、退、人間が生身でできる回避手段の全ての可能性を予測していく。獣臭の充満するこの町の中でも特に知性派だった彼は特にその能力に秀でていた。トゥーマッチタウン特有の荒んだ野性に、格闘技術としての知性。この犬は、ただのストリートファイターではない。彼は『プロ』なのだ。例えばアートやグレンのように、単に好戦的なのではない。ケンカが好きだから、好きなことをして金が貰えるから、路上で賭け試合に興じているストリートファイターというわけではない。彼にとってケンカは労働の一部。ファイトに、就職しているといってもいい。そのために彼の格闘スタイルには無駄な動作や感情的な部分が少なく、確実に相手を仕留めることに重点を置いている。
ケンカを、仕事にしている。
あるいはグレッグとの対戦をはじめ拒んだのもこの点に由来しているかもしれない。彼は獣臭こそすれ、野良犬ではなかった。
ピット・ファイター。
グレッグの脳裏にその2つの単語が浮かんだ。
目の前の男は、まさにそれだ。
ピット・ファイティング。正確にはピット・ブル・ファイティング。賞金を賭けたバーリ・トゥード形式の試合のことを指し、一部の総合系の格闘家は好んで自らのスタイルをそう呼んでいる。ストリートファイトとほぼ同義と言っていい。ピット・ブルとは闘犬用に品種改良された犬種の名称であり、古代犬マスティフの流れを汲むこの犬は、現在のボクサー、ブルテリア、ブルドッグの起源となっている。今でこそ、温和な性質になるよう改良が進められているが、元来が、戦うために生まれて来た種族であった。生きるために、戦う種族であった。戦うことを糧にして生きる犬。戦わなければならない犬。さらにその種族があのブルドッグの顎のしゃくれ上げられた顔の起源であるならば、このブルドッグ・ジョー――本物のピット・ファイターと呼ぶに相応しいのではないか。
グレッグは苦笑し、相手の次の攻撃を待った。
犬は、古き良きディズニー顔(もちろん悪役)で、拳を振り上げていた。
犬は爪を突き立て、喉に噛みつき、その牙で、獲物を喰らう。
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