弓侍と狐
弐の巻
| 虫けらとて 力はある 闇の中にも 光りはある 虚構の渦中とて 真理はある 「お主、拙者を疑っておいでか?」 「いや、そんなことは・・・・・・・・」 ある。と、与一は心の底から思った。 ああ、大声で言ってしまいたい。とはいえ、ここは通りのど真ん中。 叫ぶのは忍びない。 さきほどから、行く当てもなく陰陽師を探してふらふらしていると、 僧衣に身を包んだ壮年の男に呼び止められた。 「私は、陰陽師だ。お主、拙者のような人間を探していただろう。」 図星。なのだが、どうにもこの男、見るからに、 怪しい。いや、怪しすぎる。怪魔の方がまだ地味だ。 「拙者、讃岐と申す。雇ってくれまいか。」 おまけに口調もおかしい。武家のようなら公家のようでもある。 だが、他に行くアテがないと言うのも事実である。 「いくらほしいのだ?」 と、与一は念のため尋ねた。 「ただでよい。」 ただほど、怖い物はないという言葉が脳裏をよぎる。 どうにもこうにも、話ができすぎている。 正直言って、こいつに任せるのはつらい物がある。 「では、私の話を聞いてほしい。」 と、与一が言った。 「私は近頃、二つの夢を見るのだ。どちらも異国の夢だ。」 これは彼が、讃岐が本当に陰陽師か否か試す試験でもあったのだが、 じつは、与一が抱いている疑問であり、悩みでもあった。 「片方では、私はいつもとある友人と語らっている。 どうやら、異国の中間管理職らしいのだが、私はその友人の 恋人がどうにもひっかかっている。だが、その恋人が何者か、 素性が全くしれんのだ。」 讃岐の眼が、怪しく光った。 「もう一つは、私はとある物を見ている。 何かは分からないが、異国の戦いだ。だが、戦ではない。 純粋な心と心とのぶつかりあいなのだ。 その場に、もう片方の夢の友人の恋人がいる。 だが、私はその人の面も知らぬのに、何故か、 その人間と分かるのだ。」 讃岐が、どっこらと、道に座った。 与一も、その横に腰をすえる。 「この二つは何の意味であろうか。」 讃岐は、懐から鏡を取り出した。 そして、鏡に都の風景を映した。与一は、それを黙ってみていた。 丁寧に鏡を拭くと、讃岐は懐に鏡をしまった。 それから、与一に向き直った。 「今の光景をご覧になったか?」 与一は軽く頷いた。 「それと同じ。鏡に映るは虚構であるのに、映し出すのは真実のみ。 お主のいう夢も案外・・・」 「案外?」 おうむがえしに与一が聞いた。 いつのまにか、讃岐のペースに引き込まれていた。 「これから起こること。または起こったことかも知れぬ。」 なんとも形容しがたい雰囲気の男であったが、与一は彼を雇った。 中将に報告をして、真夜中の大通りを歩いている。 与一は、夜が好きだ。 風流だし、この時期には蛙の声も聞こえてきて、なお良い。 物の怪が出るという噂もあるが、だいたいはデマだ。 まあ、いたとしてもお目にかかりたい・・・ 「与一殿。」 「わあ!」 肩に突然手が乗った。驚いて振り向くと、顔見知りの武士であった。 「なにをふらふらしておるのだ。物の怪が出るぞ。」 物の怪のようなのは貴様だ、と、怒鳴ってやりたい。 「どうだ、中将殿は。」 「ああ、あの爺さん、思っていたより気前はいいし、いい仕事もくれる。 ありがたい。」 「ほう、ならばわしもいってみようかのう。」 「やめておけ。」 「何故?」 草が風で揺れた。 「今頃はあの人は妖怪酔っ払い爺と化している。」 与一の言うとおりであった事は、言うまでもない。 月が隠れた。 「そういえば。」 知り合いがまた話を切り出した。とことん話し好きなやつだ。 「二、三年前に大陸から大妖怪がわたってきたらしいぞ。」 唐突な話だ。だが、ここのところ、そういうものと与一は縁がある。 興味も少しは芽生えた。 「なんでも、大国を三個滅ぼす一歩手前まで追い込んで、 そいつらに追われて逃げてきたとか。」 「国を蝕む物の怪か。恐ろしいな。」 月が雲の谷間に顔を見せた。満月らしい。 「その物の怪は、普段はとてつもない美人の女だそうだが、 正体は尻尾が九本の狐だそうだ。」 不意に、与一の全身に悪寒が走った。 なんだ・・・これは・・・・・・? ものすごい、どす黒い何かがこみ上げてくるようだ。 何が来る? 狂気か?嘆きか?本能か?いや、違う、これは・・・ 憎しみだ。 「そいつは玉藻というらしい。」 与一の額から、冷や汗が諾々と流れた。 子供の中にも 人心はある 光の中にも 破壊はある 人の中にも 鬼はある |
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