弓侍と狐
参の巻
| 羅生門には 鬼が住まう 人を喰ろうて 討ち砕き けっして容赦をしないという 執念深さは蛇の如し 力強さは熊の如し ずるがしこさは猿の如し その残忍さ 人の如し 与一は、知り合いの話を聞いた後は黙りこくり、そのまま別れ、 夜道の帰路へついた。 足日がやつれた顔の与一を心配しても、与一は一瞥もくれず、 しいてあった布団に潜り込んだ。 だが、なかなか寝付けなかった。 ・・・・・思い出したぞ、玉藻だ。 た、からはじまる玉藻だ。●●の恋人だったんだ。 だが、そいつが何故、物の怪だ? そいつに何故、私はこうも憎悪を抱いているのだ? 「・・わからない。」 月が中天に来る頃には、与一は寝息を立てていた。 寝息を立てながら、与一はまた、夢を見た。 夢の舞台は、やはり異国だった。自分の名は△△であった。 「どこだ!」 扉を与一・・・・いや、△△はしきりに開けていた。 延々と続く回廊にある無数の扉をあけては閉め、あけては閉め。 そうして部屋を覗いて所在を確かめる。 一人の女を捜していた。 親友の恋人で自分とも少なからず面識のある女だった。 だが・・・・・だが・・・・ 「どこにいる!玉藻!」 五十四回目に扉をあけたとき、△△は眼を疑った。 扉の中には、無限に暗闇が広がっていたのだ。 手探りしても何もつかめなさそうな広大な暗闇だ。 だが、△△は、恐れ気もなく暗闇に入り、扉を閉めた。 女のすすりなく声がかすかに聞こえた。 刀を抜いて、声の聞こえる先へとずかずかと歩いていく。 息も荒々しく、今にも人を殺めてしまいそうな△△は、泣いていた。 泣きながら、刀を持つ手に力を入れた。 すすり泣きが近くなってきた。 あの女を見たときの第一印象は、綺麗だ、であった。 ●●は、大臣の補佐官という固い役職のせいか、こういうことに疎い為、 嫁の貰い手もこぬのではないかと、△△は日頃から不安であったのだが、 こんな美人をいつの間にか持っていて、 さらに、意外にも二人は深く愛し合ってたようで、 もはや帝も認める素晴らしいご両人だった。 だが・・・ 「見つけたぞ、玉藻・・・・」 女の前に立つ。 漆黒の中、女の姿だけがぼんやりと闇に浮かんで見えた。 △△の血管が、みしみしと音を立てた。 「汝か・・」 すすり泣くのをやめ、女は、後ろを向きながら△△に言った。 「そうだ、俺だ。△△だ。」 刀を構えて、△△は吐き捨てるように言った。 「貴様を殺しに来た・・・物の怪め!●●の仇を討ってやる。 動くなよ・・・・」 力を込めて、刀を躊躇いなく振り回した。 だが、そこにあるのは暗闇だけであった。 「わらわを殺す、と?」 「そうだ。帝からも許しをいただいた。 大国を三つも危機に陥れた妖怪、玉藻。貴様の事だろう。」 いつのまにか、真後ろに玉藻は動いていた。 「●●は本気で貴様などという文字通りの女狐に恋焦がれていたのだ・・ そいつを・・奴を・・・」 もう一度振り向いて、△△は一閃する。 だが、そこにも女の姿はない。 「この世から消すとはな・・・」 「ちがう!」 「なにが、違うかああああああ!」 闇雲に刀を突き、振り、落とし、なんとかしてあの女を斬ろうとする。 だが、斬れない。 やはり、人間と物の怪では格が違うのだ。 「わらわは、あの方を、心の底より愛しておった。 あの方とて同じ。それは汝が最もよく心得ておるはず。 なのに、わらわを斬ると申すか?」 「そうだ!」 息も絶え絶えに、△△は叫んだ。 もう一度、刀を渾身の力で振るう。だが、やはり空を切った。 ●●と、△△は、同郷であり、幼馴染であり、 無二の親友であった。 さても、竹馬の友とはまさにこの二人のことよ、と、 周囲が認めるほどだった。争いもあったが、次の日にはいつも通り。 だが、その男が、物の怪を愛したがために命を落とすとは・・! どうにも、△△にはやりきれなかった。 この憎しみを、ぶつけねば、気がすまなかった。 「どこにいる!逃げるきか、玉藻!」 暗闇に向かって必死に△△は語りかけた。 「わらわにもそちの気持ち、分からんものではない。 わらわとて、別れはつらい。だが、それを超えれば、 ・・・・・また、新たな出会いがあるかも知れぬ。」 「そんなものは貴様の欺瞞だ!逃げるな!玉藻!」 「また、いつかあおうぞ・・・」 「あった時には、殺してやる!たとえ来世であろうと、 畜生に生まれ変わろうと、貴様ののどぶえに喰らいついてでも、 殺してやる!見ていろ!」 女の姿が暗闇に浮かび上がり、溶け込むように消えていった。 「待て!どこへ行く!」 気付いたときには、眼が覚めていた。 与一は、現実を感じた。朝の日差しを感じた。 「夢か・・・・そりゃ、そうだな。」 与一の気分は優れなかった。 だが、今日はこれから例の陰陽師の所へ行き、仕事の旨を伝えるのだ。 急がなければ。 「足日!着物を持ってきてくれ!」 気分を元に戻すよう心がけて、与一は叫んだ。 「お主、それは危ういぞ。」 讃岐は言った。 「危ういのか?」 「そうだ。」 讃岐は、羅生門の近くという、ずいぶんと縁起の悪い所に住んでいる。 郊外に住む与一としては、近くていいということでもあるのだが、 それでも、ぞっとしない。 「要は、その来世がお主という事ではないか。」 この男の勘はまるで矛のように鋭いらしく、眼が合った瞬間に、 一発で与一の思っていることを当てて見せた。 夢について、である。 「人間に最も近い物の怪を知っておるか。」 首を振る与一に、讃岐はぎらぎらと眼を輝かせながら、 「鬼じゃ。」 「鬼?」 「さよう、ここ、羅生門にも古来より鬼が住まうとされている。 お主の前世の言動、心、感情、どれをとっても人ではない。」 与一は、讃岐の言う意味が分からなかった。 「お主は、前世の復讐に燃える、鬼、となりかかっておるという事だ。」 羅生門には 鬼が住まう 片腕もがれた 鬼が言うに 何をするのか 何とも残虐な事をするのか これでは 貴様ら人のほうがよっぽど鬼のようではないか |
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